閑話の四・詠の王国建国日誌

 今日、成都が陥落した。
 もちろん、魏の曹操軍の手によってだ。
 蜀・呉の知恵と力を結集しても、世の流れには逆らえないということだろうか。
 軍略をいかに練ろうと、奇策を仕掛けようと、数を揃えた正攻法には勝てないということでもある。

 ボクたちは、陥落前に城を出された。
 月、ボク、ねね、(れん)の四人は蜀でも呉でもないから、というわけだ。

 しかし、恋の家族を連れ出すことはできなかった。一部の軽い犬猫と、馬についてこられるほどの大型犬、それに鳥以外は大半を野に放すしかなかった。
 あのまま、城に残って、みんなで……いや、考えまい。ボクたちは、生きるのだ。

 これから長い旅になる。月は大丈夫だろうか。

 戦争は終わり、戦後は魏・呉・蜀の三国分立体制が確立されるという布告が、各地の名士の間にまわっているようだ。

 どういうこと?
 曹操の目的は、ただ征服することだったのだろうか?

 もちろん、実質的には、呉も蜀も属国扱いであることに変わりはないだろう。
 けれど、呉に至っては征服後に官吏を派遣していたというのに、この処置はなんなのだろうか。

 ともあれ、ボクたちはボクたちの道を探すしかない。
 涼州までは後一月もあればつくだろう。
 月は里帰りができるかもしれないと喜んでいる。

 でも、親族に会うわけにもいかないし、どうしよう。

 相談の結果、旧領に帰るのはやはり取りやめとした。
 月に故郷を見せてあげたいのはやまやまだけれど、しばらくは様子を見るべきだ。
 ねねともそう意見が一致した。

 恋とねねはともかく、ボクと月は死んだことになっているしね。
 しばらくは大きな都で人に紛れることにしよう。

 曹操が許昌を経由して洛陽に戻っているようだ。洛陽は危ない。
 長安にしておくべきだろうか。追手がくるとも思えないが……。

 なんとか長安に居を構える。
 少なくなってしまったが、それでも恋の家族たちは遊び回る場所がないと弱ってしまうので、四人にしては広い邸だ。
 成都の陥落で数を減らしてしまった恋の家族だが、それでも二十を数えるのだから。

 下働きを雇うほどの余裕はないし人選にも困るので、自分たちだけでやっていくしかない。
 それでも、月はお掃除したりするのはいやじゃないと言ってくれる。本当に感謝するしかない。

 この子を天下人にできれば、大陸はもっとよくなったに違いない……。
 でも、もうそれも……。

 それにしても、桃香たちからの連絡がない。
 生きていることはそれとなく伝わるように図ったのだが、あちらから積極的に連絡をとる必要はないと判断されたのだろうか。
 もう一度はっきり連絡をとってみよう。

 蜀――朱里とは連絡がとれず。
 あちらから接触を断っている?
 これだけ情報網から接触すべく働きかけているのに、一切の返事がないのはおかしい。

 月は復興に忙しいのだろうと言っていて、それはそれで間違いないだろうけど……。

 今日、曹操から『平和式典』への招待状が届いた。
 ねねは曹操に居場所を知られたのですー、と慌てているが、そんなものは折り込み済みだ。
 これだけ経ってるのに曹操が呂布の動向を気にかけないわけがない。

 さすがに月とボクの正体もわかってはいるようだが、ボクたちへの招待は偽名である『董白』と『賈胤』できている。
 そのことからみても、恋たちも含め、害される恐れは少ない。大陸の覇者が殺す相手にわざわざ気をつかう必要はないからね。

 ただ、一つ、はっきり確信したことがある。

 蜀はボクたちを切った。

 蜀がボクたちを受け入れる姿勢を示しているならば、偽名をわざわざ書いて送ってくるほど信義を通してくれている曹操が、桃香を通さないわけがない。
 これはつまり、曹操に対して、ボクたちの処分を任せたということの証左だ。

 平和式典から帰還。

 三国の首脳陣では平和は既に確定のものらしい。
 お気楽なものだ。

 気を張っていたボクたちが莫迦みたいじゃないか。

 でも、それもしかたない。ボクたちはその三国の秩序の中にはいないのだから。

 それとなく曹操――真名を呼べと言われたので、以後華琳と書くことにする――から洛陽に来ないかと誘われた。恋たちも、霞をはじめ幾人かから誘いを受けたようだ。
 一方、桃香たちとは喋りはしたが……。『蜀にも遊びにきてね』とは。

 いや、もうやめよう。
 しょせんあそこは仮住まいの地だったのだから。

 華琳の下へ行くか。
 故郷へと帰るか。
 あるいは現状維持か。

 ボクたちにある選択肢は三つだ。
 月とボクは死んだことになってはいるけれど、いまの状況なら故郷に帰ってひっそり暮らすだけなら見とがめられずに済むだろう。
 華琳もそんなことを言っていたし。
 もちろん、その場合二度と中央には近づけないことを覚悟しなければならない。

 華琳の下へいけばみんなの能力を生かして働くことはできる。
 これはこれで魅力的である。

 現状維持は……。実は逃げだ。
 だが、しばらくはそれもしかたないとも思う。

 さて、どうするか。

 思い切ってみんなで話し合ってみた。
 恋は、家族たちを養えればどこでもいいという意見。
 ねねは恋にはもう少し活躍してほしいが、恋が満足ならあえて反対するほどでもないとのこと。

 問題は月だ。
 月はボクが田舎に逼塞してしまうことを心配している。ボクの才能なんてどうでもいいことなのに。月のために生かせないなら、そんなもの意味はない。
 月の優しいところは大好きだけど、ボクのことを気遣いすぎるのはやめたほうがいいと思う。
 嬉しいんだけど……。

 霞が挨拶にきた。
 なんでも志願して北方鎮守の任に当たるということで、中原からはしばらくの間離れるらしい。万里の長城近くで異民族と対する大変な任務だ。

「せやけど、それくらいせんと気が晴れんねん」

 霞はなぜだか暗い顔でそう言っていた。
 彼女は、成都攻略戦で大事な人を失ったとも聞く。

 ボクたちには、一体何ができるんだろう。
 彼女の言葉を聞いて、ボクは……。

 華琳の誘いを受ければ、三国が築きあげた秩序の中で役割を果たすことができるだろう。でも、それは、本当にボクがしたいことなんだろうか。

 曹操が三国を分立させる体制をとることを決めたのは、一人の男のためだという話を霞からの文で知る。
 霞が北方行きを決めたのもその男がいなくなったせいなんだそうな。

 聞きようによっては感動的なお話だ。一人の男を手放さないために、大陸の行く末を決定するなんて。

 でも……なにそれ。
 何様だっていうの。

 そんなわがままでボクたちはこれまでふりまわされてたっていうの?

 ボクは、いいえ、ボクたちは決めた。
 そんな気まぐれで押しつけられた秩序、ボクたちは真っ平御免だ。

 そして、秩序の中にいられないのならば、その秩序の外で監視する存在になればいい。誰にも冒せないくらい、強い意志をもって。
 いまの三国をひっくりかえそうなんて思わない。ただ、ボクたちはこの邸からそれを監視し続ける役割を、自分たちに課す。

 そうだ、ボクたちは、ボクたちだけの、四人と二十匹の王国を建国するんだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です