閑話の三・姉者観察日記

 最近姉者の様子がおかしい。
 昼食時に北郷の部屋に行っては、
「北郷は今日もいない。また女のところに行ってるのだろうか」などと言う。
 季衣や流琉には冗談だと返していたが、本当に冗談だろうか?
 もし冗談だとしても趣味が悪すぎる。とはいえ、あれが姉者なりのやり方なのかもしれない。
 しばらくはそっとしておくべきだろうか。

 ますます姉者の様子がおかしい。
 昨日の評議の折りには、
「そのような仕事は北郷にやらせればよいではないか、なあ、北郷」と誰もいないところに話しかけて場を凍らせていた。華琳様に悪い冗談はやめなさいと言われて、以後口を開かなかった。
 北郷に恋をする姉者をからかうのは楽しかったが、これはさすがにまずい。

 朝、姉者がわたしを揺り起こす。
「北郷と約束をしたのだが、あいつがこないのだ。秋蘭、お前もなにをしてるんだ? はやく着替えてあいつを探そう」
 姉者はどうしたというのだろう。約束などしていないというのに。
 よくよく聞き出すと、夢の中のことを現実と勘違いしていたようだ。
 これはどうにかしなければならない。華琳様に頼んでみようか?

 このところ数日連続して姉者が華琳様に閨に招かれている。いつもならわたしも可愛がっていただけるのだが……。
 最近、姉者がちょっとおかしかったので、ゆっくりと話を聞いてくださるおつもりなのだろう。
 姉者が乱れる姿が見られないのは残念だが、わたしはわたしで楽しんでいればよいことだ。たまには一人もいいものだ。

 姉者が改まってわたしを呼ぶ。
「これまで、色々迷惑をかけたな、秋蘭」
 なんのことだろう。迷惑などと思ったことは一度もないというのに。面倒だと思うことはあるけれど、面白いからそれでいいのだ。
「北郷が帰ってしまったことは、わかってはいた、わかってはいたのだ……。でも……」
 ぐじゅぐじゅと泣く姉者は姉というより妹のようだ。幼子のようになでてやりたくなる。
「秋蘭、わたしは華琳様に言われてわかったのだ。忘れようとするから辛い。忘れなければいいのだ。北郷が帰ってしまったのは辛いが、あいつがいた事実は忘れなければいいのだ。そうすると決めたんだ」
 泣きながらも晴れやかな顔でそう宣言する姉者はなんて可愛らしいのだろう。わたしは姉者を抱きしめて、ひとしきり二人で泣いた。
 しかし……。
 本当に姉者はおかしい。

 一刀はいつもわたしの横にいるではないか?

 姉者のことを華琳様に相談する。
「ちゃんと話したから大丈夫よ。あの娘は物分かりがいいとは言わないけれど、一度覚悟したら二度と折れたりしないもの」
 いや、そういうことではないのです、と説明をしたら、なぜかわたしが休みをいただいた。
 なぜです? 華琳様。わたしがなにかしたのだろうか。
 蟄居しつつ悩んでみてもわけがわからない。
 姉者は様子を見に来てくれるが、なにも言ってくれない。なぜそんな哀しそうな顔をするのだろう。
 ああ、もう、わたしにはお前しかいないのだろうか。一刀、今日も抱いてほしい……。

 風がやってくる。
 理由がわからないが猫を何匹も抱えている。
 わたしは自棄になって、寝台の上で一刀にもたれかかりつつ応対した。
「猫は人間にも見えないものが見えると言います」
 そんなことを言いながら、部屋に猫を放つ。可愛らしいとは思うが、そんなにたくさん持ってこられてもなあ。
「お兄さんは、どこにいらっしゃるのです?」
 ああ、そうか、こいつもおかしいのか。
 わたしは嘆息して、抱きしめられているではないか、と答えてやった。
「そうですか。うらやましいですね。抱きしめ続けていてくださいね」
 言いながら、持っていたものを一刀とわたしにふりかける風。なんだろう? なにかの粉のようだが。
「マタタビの粉です」
 猫たちが寄ってくる。わたしと一刀にむしゃぶりつく猫たち。ざらざらした舌でなめてくる感触に思わず声をあげる。
「お兄さんはどうしてますか?」
 一刀? 一刀ももだえて……もだえ……あれ?
「人間の一人や二人なら心が処理しきれるでしょうが、こんな猫の大群だと動きが予想もつかなくて、心の中のお兄さんを動かしきれないと思ったのですが、どうでしたか」
 わたしは無言で枕を投げつけた。ひょい、と枕を避ける風に無性に腹が立ち、帰れと怒鳴る。
「そうですか、またきますね」
 猫は連れて帰らなかった。どうしろというのだ。
 一刀は、今日は抱いてくれなかった。

 屋敷で一人、猫の世話を続ける。
 一人……?
 そうだ、一人だ。もう、一刀はいない。どこかに行ってしまった。
 涙ももはや涸れ果てた。毎朝毎晩飯をねだる猫たちを見ていると、どうでもよくなってくる。
 姉者は毎日顔を出す。最近はよく笑うようになった。姉者の笑顔はいいものだ。
 風は来る度に猫を連れてくる。これ以上はいらないというのに。たまに、華琳様まできてくれる。
 けれど、北郷は来てくれない。
 いつか、また会うことができるのだろうか。
 そんな日が来てくれるといいな、と思う。

閑話の三・姉者観察日記」への2件のフィードバック

  1. この回・・・秋蘭が一刀の事を深く深く愛していると思うと言った作者の言葉がずっと心に残りました・・・正にそのとおりだと。

    •  魏ルートにおいては、一刀は春蘭、秋蘭の姉妹にとって、初めての同志だと思うのですよね。それまでは、華琳様と姉妹だけで完結していた世界に入った異物であると同時になにか違うものを見せてくれる存在。
       そのことを、姉のほうは本能的に受け入れて、妹のほうは頭でわかってしまう。そのあたりに、色々と違いが出て面白いと思っております。

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