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洛陽の巻・第三回:華雄、河岸に賊を討つこと

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「ん……うぅ」
 意識が覚醒すると同時に、こめかみの痛みに顔をしかめた。ずきずきとうずくような痛みが、思考が正しく進むのを邪魔していた。
 なにかが口元に突き出されるのを感じる。唇をわずかに開くと、水が口の中へ注ぎ込まれた。それはぬるく、革袋特有の臭みもあったが、清冽な息吹を俺に与えてくれた。はっきりとしてきた意識をより強固につなぎとめようと、ごくごくと飲み干す。
「んー……」
 目を見開くと、水袋を差し出している霞と、心配そうに覗き込む美羽の顔が見えた。
「霞! 美羽!」
 がばりと跳ね起きようとして、俺の頭を抱えるようにしていた霞にやんわりと抑えられる。彼女の手でゆっくりと起き上がらせてくれた。
「急に動いたらあかんて」
「あ、ああ……。俺は……」
 あたりをみまわすと、いまだ戦闘は続いているようだ。見たところ、俺たちは兵士と馬で二重につくられた環の中心にいる。
「矢があたって気を失っておったのじゃ」
 そうか、それでこんなに頭が痛いんだな。そっと痛みの中心に手を触れてみたが、血は多少出たようだがすでにとまっているみたいだ。
「ごめんな、霞たちを助けに来たのに……世話をかけて」
「なに言うてんねん。一刀が兵を連れてきてくれんかったら、うちら大変やったで。まあ、世話いうんやったら、華雄と黄蓋に礼言うんやな」
 そう言うと、霞は指を差した。その指の先では、悲鳴と怒号の中で軽々と金剛爆斧をふりまわす華雄と、鉄の棒のようなもので賊どもを吹き飛ばしている祭の姿があった。
「華雄と黄蓋が兵をまとめてくれたからな。うちらも合流できたっちゅうわけや。それにしても黄蓋が生きとったとはな」
「妾はてっきり鬼になって帰って来たのかと思ったのじゃー」
「あはは……。美羽たちが出発してから、見つかったんだよ。ただ、祭は昔のこと憶えていないんだけどね」
 いまだくらくらする頭を抱えながら言った言葉に、美羽と霞は二人して顔を見あわせた。
「そうなん? さっき、昔より強うなったって言われたで?」
「妾も、生きて再び会うことがあろうとは、と大笑いしながら言われたぞ?」
「え?」
 まさか……。俺は祭のほうを見やった。武器をふるい、賊をはね飛ばす祭の姿は、まるで野生の獣が暴れているようで、凶暴さの中になんだか清らかな感じが流れていた。その戦いぶりからだけでは、霞たちの言っていることの実際がどうなのか俺にはわからない。
「まあ、いま考えてもしかたないか……。それにしても、本当に数が多いな。報告だと三〇〇程度ということだったんだけど」
「あー、それなんやけどー……」
 霞が両の人指し指をあわせてもじもじとくねる。
「襲ってきたやつら、一人じゃさばききれんなー思て、戦いながらこのあたりの河賊の縄張りにおびきよせたんよ。ほしたら、予想以上に河賊が釣れてな」
「それで、これ、か」
 華雄や祭、それに張遼隊の兵士たちがなぎ払ってもなぎ払っても、まだ、賊たちは数を減らさない。下手をしたら一〇〇〇人程度いるのかもしれない。
 河賊は黄河に巣くう賊で、平和になって河を利用した交易が増えるにしたがい、より活発に動き出したやつらだ。
 根拠地はあるにはあるが、河という移動手段があるため常にいくつかの根城を渡り歩いていてその動向が掴みにくい。
 今回はたまたまこの近くの根城に多数の賊が集まっていて、それが出てきたのだろう。あるいは、霞を追いかけてきた野盗を、討伐の一行かなにかと誤解したのかもしれない。
「まあ、しょうがないよな」
 霞の判断を責めることはできない。乱戦に持ち込めたからこそ、霞と美羽は無事だったのだろうから。
 そんなことを考えていると、座った俺の膝によじよじと美羽がのぼってきた。そのまま俺の胸に頭をもたれさせてくる。
 見ると綺麗な金髪の一部が泥で汚れていたので、指で梳いて落としてやった。
「しかし、厄介だな、いくら華雄、祭、霞といるにしても……」
「せやな。負けることはあらへんけど、どうしても時間がかかる。だから、うちはいま休んどるんや……って、そこっ、こんな賊相手に逸るなや! 三人がかりで一人ずつ片つけていけばいいんや」
 霞は急に立ち上がると、右手の兵を叱責する。突出しようとしていた兵の一部が彼女の声に応じて隊列に戻っていった。
 たしかに、休憩をとりつつ、全体を指揮できる人間をおいておくのは効果的だろう。本当は、そこは俺がやらなきゃいけないんだけど。
「ったく……。こんな戦いで怪我するのもあほらしいっちゅうねん。基本を素直にやっとけば、勝てる相手なんやから」
 霞は座りなおし、無意識にか、怪我をしている腕を逆の手でもむようにしている。
「ついこないだまで、北方の烏桓相手やったから、どうしても殺れる時に殺ってしまわな、いうんが染みついてもうてるんやろな。烏桓は、ほんましぶといからなー」
「烏桓っていうと、北の異民族だっけ」
「せや。北っちゅうか、北東? まー、これが馬の扱いはうまいわ、弓はうまいわで大変なんよ。でも、ま、戦い甲斐はある相手やな」
 霞は疲れを振り払うように笑みを浮かべた。その笑顔のさわやかさが、嬉しくもあり、痛くもある。
「でもなー、うち、一刀が帰って来たなら、一刀のそばにいたいなー、なんて思ったりなんかして……」
 照れくさそうにそう言う霞はとてもかわいくて、ついここが戦場だなどということを忘れそうに……。
「ええい、戦場でいちゃつくな」
 そんな俺の浮ついた気分を、華雄の声が現実に引き戻してくれた。
「交代だ、文遠」
「霞でええって、昔からなんで真名呼ばへんの?」
「馴れ合うのは武人として……。いや、まあ、考えておこう」
 途中でなにか俺をちらっと見て、華雄は言葉を濁した。霞ははいはい、と答えて飛龍偃月刀を手に戦闘の最中につっこんでいく。俺はその背を見送りつつ、無事を祈らずにはいられなかった。
 一方、俺のそばに金剛爆斧を抱くようにしてどっかりと座り込んだ華雄は俺の膝の上でごろごろしている美羽を非難がましく見つめると、ふんと鼻を鳴らした。
「全く、大将が緒戦から気を失ってしまうとは、情けない」
「いや、もう面目無い」
「黄蓋に礼を言うとよろしかろう。あいつがいなければ、落馬して死んでいたところだ」
「うん、ちゃんと言っておくよ。それより、華雄こそありがとう。指揮をちゃんとしてくれて」
「それが将の務めだからな。……まあ、いい、私は寝る」
 ぶっきらぼうにそう言うと、華雄は座ったまま目をつぶった。あっけにとられている俺の耳に、すぐに寝息が聞こえてくる。
「うわ、本当に寝てる」
「武人は、どこでも寝られる、と言っておったのじゃ。妾も……眠いのじゃ、一刀」
 美羽が俺の膝の上でごしごしと目をこすっている。彼女は、霞に同乗してずっと絶影に乗っていたのだから、疲れるのも当然だ。
「ああ、寝ておきな。いざとなったら抱えていってやるから」
「たのんだ、の、じゃー……」
 そのまま猫のように丸まって眠りにつく美羽。俺はそれをあやすようにしながら、戦況の変化を見守っていた。
 賊たちは着実に減っているが、こちらも多少は怪我人が出ている。
 いずれにせよ敵側に勝ち目などないのだが、このままでは消耗戦になる。いい加減あきらめて敵が退いてくれればいいのだが、指揮系統が一本化されていない集団にそれを望むのは難しい。
 諸集団が混じり合っているから、彼らとしても退きたくても退けない状態なのだ。
 問題は、あちらが圧倒的多数なこと。それでも練度が遥かに上回っているから、負ける心配はない。ただし、やはり疲労は蓄積するし、それによって犠牲が出ることもある。
 俺は空を見上げた。
 すでに夕暮れの朱は収まりつつあり、紺色の闇が広がろうとしていた。
「華雄?」
 声をかけ、肩を揺すって起こそうと手を伸ばすと、触れる前に、はっと体を起こした。
「なんだ?」
 問いかける声にも寝ぼけの色は見えない。しゃっきりとした顔で当然のように問いかけられると、さすがに感心してしまう。
「す、すごいな。……あ、いや、違う。兵士たちも交替制にしたらどうかな。これだけ消耗戦になると精神的な負担がきびしいから、できる限り休ませたい」
「ふむ……。しかし、人数が少ないからな……。それに、日が暮れれば、賊はひきあげるかもしれんぞ。ともあれ文遠と相談してくるか。そろそろ黄蓋を休ませてやる頃合いだ」
 そう言うと、よっと声をかけて、華雄は武器を担いで悠々と戦闘の中に向かった。雄叫びを上げ、賊共をばったばったとなぎ倒し始める。
 それと交代に祭が近づいてくる。体中を返り血や泥で汚しながら、祭は俺を認めると麗らかな笑みを浮かべた。つかつかと近寄ってきて、ざっと音を立てて膝をつき、俺に礼をとった。
「ご無事なようでなにより」
「うん、ありがとう。祭のおかげだよ」
「いえ、旦那様を護ると誓うたのですから当然じゃ。それよりも、旦那様、儂は全てを思い出しましたぞ」
 その晴れ晴れとした顔を見て、俺は胸に突き刺さるような痛みを感じた。全てを思い出したということは、すなわち祭が黄蓋としての記憶を取り戻したということだ。それは、つまり、黄蓋がいるべき場所に帰るということでもある。
「そう……じゃあ、呉に帰るんだね」
 俺の言葉に、祭はしかめ面をしてみせた。
「何をおっしゃいます。儂は旦那様のものじゃ。まさか、いまさら違うとおっしゃるおつもりか?」
「いや、それは、そうだけど……」
「旦那様も、赤壁におられましたじゃろ。儂はあの時、文台様の建てた呉と共に死に申した。いまここにあるは、北郷一刀様に拾われたひとりの女子(おなご)じゃ……。あ、いや、女子と申すには少々歳をくろうておりますか」
 あっはっは、と祭は声に出して笑った。俺もそれにつられて笑みをこぼす。
「武将としての前世も思い出しましたでな、それなりにお役に立てると思いますぞ?」
 にやりと笑って自分を売り込むような口上を述べる祭は、ふと顔をひきしめると、眠っている袁術をちらりと見やり、声をひそめた。
「一つお聞きしたい、赤壁で我等を打ち破ったのは、華琳殿にあらず、旦那様のお力ではありませなんだか」
「それ、冥琳にも訊かれたよ」
 俺は苦笑気味に返すと、少し考えてから言葉を発した。
「そうだね、俺は祭の偽降も連環の計も知っていた。でも……打ち破ったのは、俺たちみんなの力だよ」
 実際、いくらわかっていたって、真桜の技術力、桂花たちの手回し、凪たちの洞察力、皆の経験、そして、その全てを統べる華琳がいなければあの戦いに勝つことはできなかったろう。
 呉の武威、蜀の智略は、いま対している賊共とは根本からして異なるレベルのものなのだから。
 言葉を噛みしめるように、祭は頭を垂れる。
「正直、あの折には、華琳殿の稚児じゃろうと侮っておりました。平にご容赦を」
 そのまま、祭はずいと身を乗り出してきた。ぐっと手が組まれ、俺に差し出される。
「あらためて臣従の礼を……」
「いや、祭」
 俺は差し出された手を両の掌で優しく包み込んだ。
「祭はそんなことしなくても、俺の仲間で、大事な人だ。俺の、祭だ。それじゃ、だめかな?」
「……わかりもうした。儂は、いつまでも旦那様の祭でおりましょう」
 掌の中で、組まれていた祭の手がほどかれ、俺の手を握り返してくる。その熱が心地よい。俺たちは手を握ったまま、視線をあわせ、いくつもの思いを交わしあった。そうして、お互いに離れるタイミングを失っていた。
 だが、祭はついに名残惜しげながらも俺の手から抜け出し、武器を手にとる。
「さて。では、もう一踏ん張りしてきますかな。袁術のように狸寝入りしておるわけにもいきませぬからの」
「え?」
 祭の言葉に美羽を見下ろすと、ばつの悪そうな顔で、うー、と唸り声をあげていた。
「なにやらこっ恥ずかしいことをしとるから、起きたと言えなかったのじゃ!」
 顔を赤くしながら、ぱっと俺の膝から降りる。俺は立ち上がると、むーむー変な鳴き声をあげている美羽の手を引く。
 そろそろ本当に夕闇が迫っている。
 闇が落ちても攻勢が途切れなければ、決断の時がくるだろう。その時のための力はこれまでの休息で得ていた。次は俺も踏ん張らねばなるまい。
 そんなことを思っていると、祭がばっと目隠しをむしりとった。その見つめる先は、遥か彼方。
「旦那様! 東の方をご覧あれっ。あれは、お味方ぞ!」
 兵たちにもその声が聞こえたのだろう。わっと歓声があがり、士気が目に見えてあがる。
「旗は、楽、于、李の三つじゃな」
 懸命に背伸びした美羽が祭の見つめている方を認めて補足する。
 俺にもようやくその土煙が見えた。
「凪たちだっ」
 俺の声に、霞が反応した。攻撃の手を休め、大声で怒鳴りながら、兵たちの間をまわり始める。
「よっしゃー! お前ら、叫べ、叫べ! 于禁が来んで! ほら、お前、楽進にそのへっぴり腰見られたら、ぶん殴られるだけじゃすまへんぞ! なんやその土盛り、それで馬隠しとるつもりか、李典に笑われんはうちやぞ!」
「お味方だ、お味方だ!」
「于将軍ご入来!」
「楽将軍ご参戦!」
「李将軍ご到来!」
 口々に兵たちが叫ぶ。それと共に士気があがり、疲れが吹き飛んだように、兵たちの動きのきれがよくなっていく。
 逆に腰が引けたのは賊たちだ。目の前の兵士たちと、彼方から近づきつつある土煙を見比べて、明らかに動揺している。中には武器を投げ捨て逃げ出す賊もあらわれていた。
「深追いはせんでええで! せやけど、歯向かうんやったら容赦はいらん。味方がつっこんで来る前に切り倒したれ!」
 霞の檄に、兵士たちはそれまでため込んでいた鬱憤を晴らすように暴れ始めた。
 軍規的にはよくないが、味方が合流するまではしゃぐくらいは目をつぶるしかない。
 祭がやれやれといった様子でその兵たちの間に歩を進める。彼女なら兵が調子に乗って暴走する前に止めてくれるだろう。
「んー」
 あいかわらず背伸びした美羽がどこかあらぬ方を見ていた。真桜たちが来ているのは東なのに。
「どうした?」
「南方に土煙! 旗が見えん!」
 すでに賊の圧力は無いに等しいのか、報告がてら華雄がかけつけてくる。
「あー、なんか不吉なもんがみえるなー」
「うー、あの金髪くるくるは……」
 霞と美羽が揃って苦り切った声を出した。
 金髪のくるくる?
 彼女たちほど目のよくない俺には、まだ美羽たちが言うそれを認められない。ただ、土煙の中に、大きな建築物が見えた。
「あれ、櫓?」
「そういや、投石機でぎったんぎったんにしたった時も似たようなものつくっとったような」
 その言葉で昔のことを思い出す。そういや、無駄に凝った可動式のものを揃えていたやつがいたなあ。
「……袁紹か?」
麗羽(れいは)じゃのう」
 親族の美羽が言うのなら間違いないだろう。俺にもようやく櫓の上に立つ姿が見えてきた。あの趣味の悪いきんきらきんの鎧は袁紹以外ないだろう。
「そういえば、あのくるくるは歳をとると増えるのか?」
 華雄がまじめくさった顔で訊いた。いや、彼女のことだから、案外本気なのかもしれない。
「そんなことあるわけがないじゃろ!」
「なんだ、増えないのか」
「ない、と思うぞ。うん、た、たぶん」
 まあ、実際は美羽のは七乃さんが巻いているわけで、増えたりはしないんだけどね……たぶん。
むーねむねむねむーねむね!
 櫓が近づくに連れて、なんだかそんな声が聞こえてくる。
 見れば、何百人もの屈強な男たちが、むきむきの上半身を露出させて櫓を引いているのだった。
 その筋肉の群れはたしかに迫力で、気づいた賊も怯え始めているようだ。正直、あれに近づくのはちょっと遠慮したい。
「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
 こちらは、袁紹の高笑い。
 まあ、放っておこう。
「あれ、つっこんでくるかな?」
「せやな。わっかがついとる分、沙和たちよりはようついてまうな。兵をまとめてくるわ」
 そう言うと、霞と華雄は兵の指揮に戻っていく。
 二人の怒号にさらに祭の号令が混じり、兵たちが崩れかけた円陣をより緊密に形作っていく。もはや、賊の相手もあちらから仕掛けてきた時だけ。手仕舞いの準備だ。
「それにしても、なんだろうな、あれ」
むーねむねむねむーねむね!
「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
 むさい、というとひどい言いようだが、そうとしか言えない筋肉集団に、実用性は皆無だろう鎧で着飾った袁紹。高笑いと掛け声のようなものの二重奏で、戦場の空気が変わろうとしていた。
「なんだか、怖いのじゃ」
 怯えた美羽が俺の腰にひしとしがみついてくる。そりゃあ、そうだよなあ。戦場の兵士なら慣れているだろうが、ああいうわけのわからないのは俺だって不気味で怖い。
むーねむねむねむーねむね!
「おーっほっほっほ! やーっておしまーい!」
「あらほらさっさー、いっくぞー、おっらああああ」
「文ちゃん、気合いいれすぎだよー」
 ああ、文醜将軍に顔良将軍か。相も変わらずご苦労なことだ。
 しかし、黄蓋に華雄に張遼、袁紹、袁術、顔良に文醜、さらには楽進、李典、于禁か。
 兵は少ない――武装していない筋肉集団はいるが――とはいえこれだけの将に囲まれたら、賊のほうが哀れだよな。
 などと感慨にふけられるほど、もはや戦場は混乱の渦の中。
 俺たち張遼隊と、むねむね騒いでいる連中だけが秩序を保っていられる状態だ。あの筋肉集団の秩序がなにかは考えたくないが。
「しっかし、なんだろ、あのむねむねいうのは……」
「あれは、むねむね団。わたしたちの親衛隊……だったもの」
人和(れんほー)!」
 驚いて振り向いた俺に、はにかんだ笑みを返す人和。
「……一刀さん」
 だが、俺はその次の瞬間猛然とつっこんでくるやわらかな体に押し倒されていた。
「一刀ぉおおおお」
「かーずと」
「むぎゅう」
地和(ちーほー)! 天和(てんほー)! 一体、どこから!?」
「えー? 兵の人たちが入れてくれたよー?」
「いや、そうじゃなくて!」
「それより妾の上からどきゃれ!」
 そりゃあ、天和たちは顔も知れているし、危険もないと判断するだろうから、囲みの中に入れるのはおかしくない。
 問題は、一体なんだってこんなところにいるか、だ。
 ああ、美羽が天和の胸にのっかられてつぶれている。
「一刀を助けにきてあげたんじゃん、あの櫓だってちーたちのだよ」
「一刀ぉ、一刀、一刀ぉ」
「どーくーのーじゃー」
 天和は泣きながら笑っている。地和もぷりぷり怒りつつ、俺に抱きついて離そうとしない。俺だって離したくない。彼女たち、俺にとってかけがえのない歌姫たちに、どれほど逢いたかったろう。
 俺たちの下でむぐむぐ言って暴れる美羽も相まって、俺たちはどたんばたんと暴れるようにしながら、笑いあい、抱きしめあい、泣きあった。
「ちなみに、あの可動櫓は、攻城櫓ではなく、わたしたちの可動舞台。大陸中どこでも、大人数を収容可能」
 こうして、あそこが開いて、ここが広がって、と身振り手振りで説明する人和。
「おーっほっほっほ!」
「一刀ぉ」
「ちーも抱きなさい、ほら!」
「どくー、みゅぎゅう」
「……誰も聞いていない」
 いや、俺は聞いている。聞いているぞ! 人和。
 しかし、揉みくちゃにされる俺の言葉は、人和には届かなかった。
 ちょうどその頃、凪たちの援軍が到着し、戦闘に終止符が打たれたのだった。

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