第二十回:謝罪

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2.会飲

 白蓮と一刀が奥に引っ込んだ後も諸将は酒宴を続け、これまでの戦闘行動や今後の見通しを、ああでもないこうでもないと言い合っていた。
 途中、詠がぱんぱんと手を叩き、皆の注目を集める。
「さて。ちょうどいいから、少し真面目に今後の大きな動きを話しましょう」
「何人かおらへんけど?」
「正式な話はまた後でするわ」
 詠はやれやれとでも言いたげに首を振る。
「それに、さっきまで星たちとやりあってきたから、しばらく蜀の兵は動かせない。あいつもしばらく武威に足止めでしょうね。まずはボクたちで考えておきましょ」
「蜀の兵は動かせないって……実際はなにを言ってきたのー?」
「あたしも興味あるな。一刀殿もそうだけど、入ってきた時の白蓮、顔青くしてたぜ」
 蒲公英が意地の悪い笑みを浮かべて興味津々といった様子なのに対して、その従姉は本気で心配している様子だった。
「聞きたい? でも、聞いたら、あんたたち、桃香とあいつとの板挟みになるわよ?」
「あー……」
 底冷えのするような視線で眼鏡の奥から覗き込まれ、奇妙な声を上げてためらう従姉妹。
 そんな場を断ち切ったのは、それまであまり喋っていなかった華雄の言葉だった。彼女は酒杯を置き、料理をどかして地図にさらに近寄る。
「その話はひとまず置こう。それよりも、我らの身近な話を先に済ませておくべきだろう」
「せやな。んで華雄っちはどう思うん?」
「手応えがない」
 腕を組んで顎に手をやりつつ、彼女は霞の問いに答える。その視線が大きな地図のあちらこちらに移った。
「特に鮮卑……いや、鮮卑だけでもないが、東、より正確には北東側が弱いように感じるな」
「うーん。中央軍の動きのおかげとか?」
「それはあるですね。匈奴が続々降っていると情報が入ってきてます。もちろん、距離がありますから確実とは言い難い部分もあるですが」
 斗詩の推量をねねが補足する。今日は恋が陣に残っているためか、彼女は恋の分も発言しなければと気負っているようだった。
「次々に波及しとるっちゅうことか? まあ、北の奴らの生活考えたら、反応も早いやろけどな」
「それはそうね。なにしろ馬に馴れてるし、なにより彼らは特定の地域を移動するのが常だしね。情報の交換は必須だし、その速度も大きい」
 霞の言葉に、詠は懐からいくつかの書き付けを取り出し、見せつけるように振る。
「客胡の情報によると、数ヶ月前……そうね、それこそ北伐の準備が本格化した春頃が一番圧力がきつくて、頻繁に部族が移動していたらしいわ。客胡が涼州を抜けるのも大変だったって報告が来てる」
「へえ。どういうことだろう?」
 猪々子が首をひねる。
 彼女としては、それなりに強い敵や困難な状況に対したいところだが、ここでそれを発言するのはあまり歓迎されないこともわかっていた。
「うーん」
 翠は結った髪を揺らしながら考え考え言う。
「どんなものかわからない時は備えてみたけど、いざ戦が始まったら、あまりに大事なのでこっちになびいたというか、諦めたというか。そういうのがあるかも?」
「涼州の土着の面子には、翠が参加したんも大きかったやろな。魏の支配がきつうなるよりは、錦馬超が戻って来るっちゅうほうが受け入れやすいわな」
「そ、そうかなー」
 霞の推測に、翠は照れたのか顔を赤くする。ねねと詠、それに蒲公英は霞に同意するように頷いていた。
「もちろん、それもあるですよ。あるいはここまで本腰を入れてくると思っていなかっただけかもしれませんが」
 これだけの騎兵を運用するというのはなかなか大変ですからね、とねねが胸を張って言う。彼女も軍師の一人として、大軍を指揮するのは栄誉と考えているのだろう。
 自分の髪に出来た枝毛をちくちくいじっていた麗羽が、地図をなんとなく眺めながらぽつりと呟く。
「ところで、手応えがないと仰っておられましたけど、後ろというか、西や北に下がっているということはありませんの?」
「うーん」
 その問いかけに、蒲公英と翠、それに詠が顔を見合わせ、揃って苦笑のような表情になった。
「なんて言えばいいのかなあ。うー、詠任せた」
「はいはい。そうね、あんたたち関中の人間には、なかなかわからないのかもね。あのね、あんたたちから見たら、遊牧の民というのはふらふらとさまよっているように見えるのかもしれないけれど、そうでもないのよ」
 言いながら、詠はいくつかの地域を指でなぞっていく。
「彼らの遊牧というのは、ある程度定まった冬営地、夏営地というのがあってね。そこを季節ごとに往復しているの。もちろん、いくつか経路はあるし、営地自体も大きな尺度で見れば移動するのだけど、水場の数や草の生え具合なんてそうそう変わらないからね。五年や十年で見れば、だいたい決まった道筋をたどっているのよ」
「村に定住するのではなくとも、縄張りはあるって感じかな?」
 詠の解説を、蒲公英がさらに砕けた表現に変換する。
「へえ」
「大移動をするのは、それこそ大異変――長い干ばつや土地全体が砂漠に変わってしまったなんてことがあった時か、戦争で新しい土地を切りひらいた時、あとは、集団が分裂する時くらいね」
 そこで詠は顔をあげて肩をすくめてみせる。
「今回もたしかによほどのことだけれど、土地を捨ててまで後退するかどうかは疑問。だって、逃げるにしても新しい土地を切り取らないといけないのよ。逃げた先の部族と血筋が同じで、かつ、そちらに土地――より正確に言えば水場が余っているなんて都合のいい状況でもない限り、そういうことはありえないわ」
「そんでも強行すれば、待っとるんは結局のとこと戦ってことかいな」
 霞の言葉に涼州出の三人が揃って頷く。
「それくらいなら、己の土地を守るため戦うか、降るかしたほうがいいと考えるってわけですね」
「どっちにしろ戦うんじゃねえ。ま、あたいらと戦うのを選ぶのも無謀だと思うけどな」
 斗詩と猪々子が感想のような軽口のような言葉を放つのに対して、解説していた詠は少し考えるような顔つきになって、眼鏡をなおした。
「あとは、そうね。華雄たちの配下になっている烏桓のように、部族ごと傭兵として雇われるなんて時も土地を離れることがあるわね。遊牧よりも戦士稼業で暮らせるから。それと、ありうるのはもうひとつくらいかな」
「もうひとつ?」
「うん。古の匈奴のような形。強力な匈奴中核部族がいて、それに周辺部族が服属してたわけだけど、その場合、中央には統制がとれた大規模な組織があるわけよ。各部族が移動を果たしたとしても、牧草地や水場の分担を調停できるほどの、ね」
「ですが、そんなもの、ここ百年は存在していないですよ」
 ねねの指摘に、詠は首を縦に振る。
「そういうわけで、後背に大軍団を隠しているなんてことは、いまのところ考えにくいわ。それをまとめる者がこのあたりにいるって話も聞かないからね。鮮卑には軻比能(かひのう)とかいう、放っておけばいずれ多くの部族をまとめるだろうってほどの頭目がいるらしいけど。まあ、これは稟の予測でしかないし」
「こっちにもそういうのいるのかな?」
「戦力はともかく、まとめてくれたほうが面倒がないこともあるからな」
 まとまってしまえば中枢を叩けばよいのだし、と華雄が言うと、同意の声がいくつか上がった。
 ばらばらになった涼州勢力は一つ一つは数が少ないために討ち取りやすいものの、何度もそれを繰り返さねばならないのは煩雑でもあった。
「ああ。でも、一つ」
 話が変な方向へ移る前に、と翠が声をあげる。
「これまでも経験してきたろうけど、あいつらは自分の得意な場所に引きずり込んで戦うのに長けてる。戦闘の最中に別の場所へと戦場を移そうとしたり、別の部族にぶつけたりとかってことはしてくるし、狙ってる。そこは注意したほうがいいだろうな。伏兵と一緒の効果になる」
「そうですね。そのあたりの戦い方と今後の対処ですが、このねねに良い考えが……」
 そんな風に、諸将たちの語らいは、夜が更けるまで続いていく。

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