第二十回:謝罪

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 一刀と白蓮は差し向かいで杯に酒を注ぎ合い、話を始める。
「要するに、あれは全部演技だったんだな?」
「まあ、演技とはったり、本音は少しだけ、ってところかな」
「むぅ」
 苦笑いを浮かべながら答える一刀に、白蓮は唸る。
「みんなには、ある程度事前に話をしていたんだ。ただ、白蓮には士元さんを迎えに行ってもらっていたからさ」
 話が通っていなくて、その上まさかあの場にいるとは、と一刀は続けて、そこで何かに気づいたように白蓮を凝視した。
「あ」
「な、なんだ?」
「馬鹿だな、俺」
 それから彼は笑みを見せる。
 これまでのような影のない、明るい笑みだった。この笑顔を見てみれば、先ほどの会談の時の笑みがいかに暗かったかがわかる。
 その場では案外わからないものなのだな、などと思う白蓮。
「謝る前にお礼だよな。白蓮ありがとう。文長さんが俺に手を出していたら、ちょっとまずいことになってたから」
「はは。あれも結局、星が止めてたじゃないか」
「いや、それでもだよ。ありがとう」
 もう一度微笑みかけられて、白蓮も笑みを返す。杯を呷り、一気に酒を喉に落とし込む。
 少しきついがなかなかいい味だった。
「ん」
 空になった杯を突き出す。一刀はにこにことその杯に酒を注いだ。
「しかし、びっくりしたぞ。そもそも荊州のことだってびっくりだ」
「あー。まあ、そうだろうね。俺なりに考えはあるんだけど……」
 頭をかいて困ったように言う一刀に、白蓮は顔を引き締めて問い直す。
「あそこまでして蜀――いや、この場合は呉もか――を追い込む意味は?」
「簡単さ。早めに解決したいんだよ」
「……ちょっと過激すぎないか?」
「そうかもしれない」
 あっけらかんと答えられ、追求しようとした勢いを外される。
 細かいところまで聞こうとして、しかし、さらに恐ろしい答えが返ってきそうで白蓮は躊躇した。
「どうも、華琳ならどうしたろう、と考えちゃうんだよな。なにしろ間近でやり方を見てきたから。悪い癖なんだろうけど、やっぱり俺にとっての手本は……」
 男は自分に言い聞かせるように言った後で、遠くを見るような目をした。
 その時、彼女はそんな目を向けられる相手のことをうらやましいと思った。
 それは先に名前の出た華琳だったかもしれないし、別の誰かなのかもしれない。
 しかし、その愛情とも尊敬とも崇拝ともつかない視線を、彼女は素直にいいものだと感じた。
「ま、今回に限って言えば、桃香と蓮華を信じているから、出来たことでもある」
「信じる?」
「俺の思った以上の事をしてくれるってね。そう信じてる」
 言い切って飲み干した杯に、黙って白蓮は酒を注ぐ。
「信じてる、ね」
 わずかな沈黙の後で、彼の言葉を何度か繰り返し、くすくすと白蓮は笑った。
 楽しかった。
 実に楽しかった。
「桃香の幼なじみの私でさえ、ここまでやっておきながらそう言ってのける自信はないぞ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
 腕を組んで困ったように悩み顔になる一刀にさらに楽しくなって、彼女は明るい声で言い放つ。
「この話はもういいや」
「え?」
「一刀殿はちゃんと考えて、詠たちとも相談してるんだろう?」
 燭台の灯りを受けて黄金色に輝く瞳で覗き込むと、一刀はその視線をしっかりと受け止め、顔を引き締めて彼女に相対する。
「うん。詠や雪蓮、冥琳たちと話し合ったよ」
「じゃあ、それでいい。ただし」
 にやり、と笑って杯を乾す。
 うん、いい酒だ。
「びっくりさせたおわびに一番いい酒を出してくれよ」
「いや、これは結構……」
「知ってるんだぞ、洛陽から持ってきたのと、長安で補充したのがあるだろー?」
 抗弁しようとするのに、にやにやと指摘すると、目を見開いて一刀は杯を置く。
「うわ。なんで知ってるんだ。しょうがないなあ……」
 そうぶつぶつ言いながらも、荷物を探り出す男の背中を見つめながら、彼女は杯に残った雫をちろりと舌を出して舐めとり、心の中だけで呟いた。
 いい酒だ、と。

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