第二十回:謝罪

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1.相酌

 陣に残る祭を除いた三人は、すっかり暗くなった中を都市へと向かう。
 武威の太守は左軍の将軍たちのために大きな邸一つを丸々明け渡してくれていた。陣に残される将もいたが、ほとんどの将は邸で寝泊まりすることになっている。
 軍議のために便利だったし、なにより、多数の将が陣にあるのは、兵たちにとっては堅苦しく感じられる。しばらくは兵たちの羽を伸ばしてやろうという意向からであった。
 その邸への道中、三人は全くの無言だった。
 詠も一刀も、そして、白蓮も揃って厳しい顔をして、ちらちらとお互いの顔を盗み見ているものの、誰も口を開こうとしない。
 邸に入ると、諸将は揃って広間に集まり、涼州の地図を中心に車座になっていた。
 それぞれの前に酒杯や料理の皿があるところを見ると、軍議兼酒宴といったところのようだった。
 将たちは口々に一刀や白蓮たちに挨拶の声をかけるが、常ならば快活にそれに答えるはずの一刀は暗い顔で、わずかに笑みを覗かせるのみ。
「すまない。俺は部屋に戻るよ」
 それだけ言って、そのまま広間を横切り、奥に通じる戸口へ消えていく一刀。その背中が見えなくなるのを確認してから、猪々子が首をひねった。
「……アニキ、具合でも悪いんか?」
「顔色悪かったね。なにかあったかいものでも持って行ってあげたほうがいいかな?」
 斗詩が心配げに顔を曇らせるのに、座に加わった詠がぱたぱたと手を振った。
「悪役をやって疲れてるのよ。しばらく、ほっといてやりなさい」
「我が君が悪役……似合いません、似合いませんわ。おーっほっほっほ」
 どこかつぼにはまったのか、金髪を振り立てて高笑いを始める麗羽。だが、誰一人それを気にせず、話が進んでいく。
「ははぁ。慣れない事をしてきたわけですか」
「そ。まったく、ボクたちに任せておけばいいものをね。自己嫌悪するくらいならやらなきゃいいのよ」
「ま、一刀らしいやんか。自分で始めたことは自分でやりきりたいんやろ」
 詠の杯に酒を注ぎながら笑いかけてくる霞に、ふんっと鼻をならして答える詠。
「え? 悪役って、え?」
 白蓮だけが話について行けず、皆と一緒に座り込みもせず、一人立ち尽くしていた。
 そんな彼女を横目で見ながら、同情するように話しかける詠。
「あんたもお疲れだったわね。巻き込む予定はなかったはずだけど。あー、それにしても、ボクも疲れた。焔耶はかみつくし、雛里は泣きそうな目で見てくるし、きついったらありゃしない」
「詠は悪笑顔させたらかなりのもんやからなあ」
「けなしてるの、それ」
 そんなことを言い合っているところに、戸口から、ひょいと一刀の姿が現れる。
「あー、あの。……ちょっと、いいかな? 白蓮」
「わ、私か?」
「うん。申し訳ないんだけど……」
 酒宴に誘いかける諸将に笑って答えながら、ちょいちょいと手で白蓮を招き寄せる。彼女は混乱を引きずりながらも、素直にそれに従った。

 二人は一刀に与えられた部屋に入る。
 妙に分厚い鉄の扉が気にかかり、白蓮はしげしげとそれを眺めた。あるいは一刀と向き合うのを無意識に避けていたのかもしれない。
 部屋の主の方は彼女のそんな行動を咎めることもなく、同じように扉を見やる。
「元は牢獄なんだろうな、ここ」
「え?」
 何気なくとんでもないことを言われた気がして振り返る白蓮。一刀は手を広げて、部屋のそこここを指さしてみせた。
「貴人用の牢だよ。洛陽の城にもあるだろ?」
「ああ、捕虜のためのか……」
 言われてみて、納得できる部分があった。部屋の壁は文様を型押しした煉瓦――有文(せん)で覆われているが、まずこれがおかしい。
 外壁ならともかく、内壁なら土で固めたもので十分だ。贅を尽くすなら壁画でも描くほうが、それらしい。
 さらに窓は一つ大きいものがあるが、場所は天井に近いほど高い。
 採光は出来るだろうが、風景を眺めるには不向きだ。しかし、逃亡を防ぐことを考えたとすればあそこまで高い場所につくった理由もわかる。
「壁が分厚いから、大事な話が漏れずに済むし、安全性も高い。だから、いつの頃か、貴賓用の部屋として仕立て直されたんだろうね」
「ふうむ」
 この邸を用意した武威太守は、部屋の由来を知っていたのだろうか。もし知っていて北郷一刀にあてがったのだとしたら、趣味が悪いを通り越して侮辱にあたるのではなかろうか。
 いや、まあ、単純に邸を提供して、部屋を選択したのは当人かもしれないのだが……。
 そんなことをぼんやり考えていると、目の前から一刀が消えたことに気づく。意識せぬまま動きに引っ張られて視線が向くのに任せてみれば、床にしっかりと正座した一刀が見えた。
「か、か、か、一刀殿!?」
 そのまま止める間もなく下がる頭。間違いなく額が床にこすりつけられているだろう体勢に、白蓮はおろおろと手を伸ばすも、踏み込んでいないため当然届かない。
「すまなかった」
 床に近いためにどうしてもくぐもった謝罪が告げられると、白蓮はますます動揺してしまう。彼の体に近づくでもなく、足を踏み出したり戻したり、まるで踊るような動作をし始めた。
「あ、え、い、いや。いいから、とにかく、頭、頭あげて!」
 叫ぶように言葉を投げつけると、ためらうような所作ながらも頭はあがる。正座して真っ直ぐ体を伸ばし、こちらを見上げてくる一刀と目が合った。
「本当に申し訳ない。いきなりあんな場に巻き込むつもりじゃなかったけど、そんなのは言い訳にしかならない。白蓮を不快にさせた分の報いは受けるつもりだ。もし、俺のところから移りたいなら……」
「あ、え、いや。ちょ、ちょっと待って。って、私、今日はこればっかりだな」
 うんざりしたように言う白蓮に、驚いたような顔つきになり、次いで苦笑を浮かべて一刀は立ち上がる。
「すまん」
 その謝罪は先ほどより軽い調子だったが、温かみは数段上だ、と白蓮はなんとなくそう思った。
「仕切り直そうか」
「うん」
 そういうことになった。

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