第十九回:会談

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3.要求

 その言葉を聞いて、それまで彼が一言も口にしていなかったことに気づき、白蓮は驚きを覚える。
 意識してのことだろうか。あるいは、詠たちがそう仕向けていたのか。
「白蓮の言う通り、そこかしこで戦争を遂行するなんて、ばからしい話だ。いま、三国は北伐に注力すべきであって、領土を巡っての戦なんて、無駄でしかない」
 彼の言葉に、ほんのわずか場の空気が穏やかになったような気がした。
 だが、その次の言葉で、緊張の度合いはいや増した。
「そもそも、戦は終わったはずだ。俺たちが……いや、華琳が勝った」
 そう。
 黄巾の乱より始まる戦乱の時代を制したのは、蜀でも呉でもなく、魏であった。
 最後に勝者として建っていたのは、桃香でも雪蓮でもなく、華琳であった。
 だが、それを、いま言うとは。
 さすがの祭も表情を杯で隠し、詠は眼鏡に手をやることで動揺をごまかしているようだった。
 星の口元はひくつき、雛里は目を見開き、焔耶は何を言っているのかわからないというような顔つきだった。
 そして、白蓮は呆然と、主と戴いた男の顔を見る。
 おかしい、おかしい、おかしい。
 白蓮はくらくらする頭のどこかから警告が聞こえてくるような錯覚を覚えた。
 最初から一刀たちの素振りには違和感を覚えていたが、それも政治的にそんな態度をあえて取っているのだと思っていた。だが、これはそれをはるかに超えている。
 自分は敗者だ。
 白蓮にはその自覚がある。
 ひとかどの国主たらんとして麗羽に踏みつぶされ、昔なじみを頼った先でも再び負けた。
 それはいい。
 ここにいる者たちのほとんども同じようなものだ。
 だが、それを、この場所にただ一人の勝者がつきつけては……。
『それはだめだよ、一刀殿』
 そう言おうとして、けれど喉から声が出てくれない。舌がもつれて回ってくれない。
 そんな彼女より前に立ち直り、言葉を発したのは蜀の軍師たる少女であった。
「たしかに」
 雛里は細く、しかしはっきりとした声で言う。
「勝利したのは華琳さんでした。しかし、全土の直接統治では無く、我々がそれまで通り統治を続けることを決めたのもまた華琳さんです」
「そうだね」
 応じる一刀の声は、実に落ち着いている。
「それが絶対だとは私も言いません。けれど、だからといって簡単に覆していいはずもありません。そうではありませんか」
「たしかにね。そうぽんぽんと支配体制を変えては、混乱も生じるし、世情も落ち着かない。その通りだと思う。けれど……」
 そこで一刀は再び冷めた目を見せた。白蓮がぞっとする程の。
「それは、君たちの支配がうまくいってるなら、という前提あってこその話じゃないかな」
「それは……」
「俺は何も益州を差し出せなんて言ってるわけじゃないし、そんな権限もない。蜀が半分を、呉が三分の二を主張し、結局両者共に半分すら治め切れてない土地を、ひとまず漢に返したらどうかと言ってるんだ。州牧としてね」
 沈黙が落ちる。
 誰もが居心地悪そうに黙り込み、お互いに目配せを交わし合った。ただ一人、傲然と胸を張る北郷一刀を除いて。
「たとえば、さっきの提案だけど」
 一刀は雛里から受け取った書類を振りながら、そう続ける。
「は、はい」
「税の上納というのはたしかに案としてはありだと思うけど、どこから徴収するつもりかな?」
「ですから、蜀が支配する……」
 そこまで言ったところで、雛里は目を見開き口を閉じた。
「そうなると、徴税できる地域が蜀の実質支配地域、つまりは今後の領土となるのう」
 雛里が気づいたことを、祭が口にする。その言葉を受けて、焔耶と星が苦々しい表情を浮かべた。
「ましてや、呉にも納得させると言うたからには」
「早い話、荊州を再度切り分けることになるわね」
 祭と詠がたたみかけるように言うのに、雛里が戸惑っていると、星が地を這うように低く響く声で割り入る。
「これまでどうやっても落としどころのなかったことを、いま決めよと仰るか」
「いいえ。あくまで、先ほどの提案に従うならばって仮定の話よ」
 詠のその言葉に、星はきつい視線をやったが、結局は言葉を呑み込んだ。
「結局の所、蜀と呉の間で明確な境界線が引かれていないという事実に突き当たる。それを解決できないならば、漢の権威をもって解決させてもらう。そういうことだよ」
「だからといって!」
 焔耶の激高を、雛里も星も止めようとはしなかった。
 怒声であっても、それは先ほど本気で打ちかかろうとした時に比べればずいぶんと力ないものであったから。
「そうだな。平地に乱を起こそうとしていると非難されるべきは俺だろう。世の中が善と悪だけでわけられるのならば、この件で悪の筆頭に数えられるのは、間違いない」
 そう言って、彼は朗らかに笑った。自嘲のかけらもない、明るい笑みだった。
「それでも、形式や正当性で言えば理はこちらにある。それを覆すものは、まだ出てきていない。残念だけど、士元さん。少なくともさっきの案では、君たちは俺に要求を撤回させられない。俺が言えるのはそれだけさ」
「じゃあ、会談はここまでね。ボクとしては、兵を出すのはお勧めしないわね」
 蜀側に口を挟む間を与えずに三人は立ち上がり、さっさと天幕から出て行こうとする。
 雛里は悔しそうに、星と焔耶の二人は釈然としないような表情でその背を見つめている。そんな中で、白蓮だけが一人孤立していた。
 立ち去ろうとする三人に同調も出来ず、と言って座り込んだままの三人のいる場所には戻れない。
 そんな矛盾の中で、彼女は、どうしようもなく孤独だった。
 だが、そこに声がかかる。
「帰るよ、白蓮」
 いつも通りの優しい口調でそう言われることがなにより辛い。一刀の呼びかけは、彼女の体を動かしてくれなかった。
「白蓮」
 詠に呼びかけられ、さらに気遣わしげな星の視線を受けて、ようやく彼女は立ち上がる。
「あ、ああ……いま、行く……」
 白馬長史と謳われる女性にしては歯切れ悪くそう言い、彼女は重い体を引きずって天幕を出て行くのだった。

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第十九回:会談」への2件のフィードバック

  1. [第十九回:会談]1.武威の地の文にて。
    {際はそう応じてから、雛里が馬を下りるのを手伝う。}“祭”とすべき箇所が“際”になっています。

    貧乏クジを引いてこその白蓮ですよね。

    •  ありがとうございます。直しておきました。

       白蓮さんは、常識人すぎて……w
       一人、主を守ろうと気遣いした結果が、この巻き込まれ具合。実にかわいいですw

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