第十九回:会談

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「やあ、待たせたね」
 予想とは反して、北郷一刀は一人きりで現れた。
 こちらを訪れると兵が伝言を持ってきたので、天幕に卓と胡床を用意して待っていた三人は、飄々と現れた彼に対して、三者三様の反応を示す。
 大軍師とたたえられる雛里はその大きな帽子を手で押さえながら、無表情を貫き。
 白い着物を軽く垂らした星は、重心を傾けて胡床の端に尻をひっかけるような座り方で一刀を興味深げに眺め。
 そして、黒ずくめの猛将はゆらりと立ち上がって。
「貴様、どの面下げて……」
 じゃり。
 彼女が握る手甲が鉄板同士をこすり合わせて不吉な音をたてる。
「やはり、貴様は蜀に仇成す存在であったか」
 えんじ色の瞳が、音をたてんばかりに燃え上がる。発せられる殺気は武芸に疎い雛里でさえ容易に感じ取れるものだった。
「桃香様の御為、ここで成敗してくれるわ!」
「おやおや、物騒だな」
 答える男の額にもじわりと汗が浮いている。
 その言葉の程には彼は落ち着いていないのかもしれない。雛里は体を縮こませながらもそんな観察を続ける。
 いまの焔耶は、鈍砕骨を携えていない。あまりに無骨で巨大で重たいそれは、持ち歩くには不便なのだ。
 だから彼女は、その武器を扱う時につける手甲を、普段の携行武器として身につけている。それをつけた拳で殴れば馬でも殺せるのだから、剣などの武器を補助として持つ必要がないのだ。
 手元に鈍砕骨がなくとも、彼女ならば一刀一人どうとでも出来る。
 そのことを、彼はしっかりわかっているのだろう。それでも一歩も下がらずこの場に留まっているのは大した胆力と言えた。
「一体なにを怒っているのか聞いてもいいかな?」
「とぼけるな! 荊州を奪っておいて、そのように!」
 その言葉に、男は答えようとした。しかし、彼が声を発する前に焔耶の重心は前に移動している。
 普通なら三歩かかる距離を一歩で踏み込んで、その拳が男の側頭部へと吸い込まれる。反射的に抜いた刀はそれに一瞬だけ及ばない。
 そんな幻の光景を誰もが見たように思った。
 だが、実際には拳は振り抜かれる前に星の袖に絡め取られ、体ごと抱き留められている。
 刃を半ば鞘から引き抜いて、半身をこちらに向けて防御する一刀との間には、先ほどまでと同じ三歩の距離が保たれていた。
「なにをする!」
「やめておけ、焔耶」
 暴れる焔耶を、星はあくまで放さない。
 焔耶の腕に絡まったその袖が、星の指できゅうと絞られているのを雛里は見た。
「死ぬ……ことはなくとも、さんざんに打ち据えられていたところだぞ。なあ、伯珪殿」
 その声は、その場に居る誰でもなく、天幕の外周へと向けられていた。
 導かれた様に星の顔が向いたほうを見てみれば、天幕の壁部分の布地が外側へ引っ込んでいくところだった。
「なんだ、星は気づいてたのか。失敗だな」
 入り口に回って、天幕に足を踏み入れてきた影は、長柄の武器――偃月刀を抱えていた。
 先ほど布を押していたのはこの切っ先だ、と雛里は直感する。いざとなれば、天幕を切り裂いて焔耶の動きを封じていたということだろう。
 焔耶は信じられないものを見るように、その人影――白地を金で縁取った鎧をつけた赤毛の女性を凝視する。
「白蓮!?」
 驚きの声は一刀のあげたもの。
 だが、そんな彼をよそに、焔耶を抱き留めたままの星と、偃月刀を一刀と焔耶の間に横たえる白蓮はいつもと変わらぬ調子で会話を続けていた。
「しばらく伯珪殿の下に居た私でなければ気づかなかったでしょうな。あるいは桃香様あたり」
「ま、焔耶は気づいてなかったみたいだからな。いくら私でも不意打ちなら組み伏せられると踏んでたんだが」
 ほら、刀をしまって、と一刀に示し、白蓮はさらに彼を守るように立ちふさがる。
「くっ」
 焔耶は悔しそうに漏らしながらも、諦めたのか抵抗の動きを緩めた。星がゆっくりと絡んでいた袖を外し、彼女の横に立つ。
「ともかく、落ち着け。事情はよくわからないが、一刀殿を倒してどうにかなる話じゃないだろう? 違うか、雛里」
「は、はい……」
 雛里はそれまでの成り行きに唖然としていたものの、それでもしっかりと答えた。彼女としてもいきなり敵対するつもりはなかったのだから。
「な? それに、誰かを呼ぶ時間くらい、私にも稼げる。事態を悪化させたくなかったら落ち着いた方がいいと思うぞ?」
 焔耶は無言で首を大きく振り、わざとなのかぎしぎしと音を立てて胡床に座り込んだ。その反動で胸が大きく揺れるのを見て、ふと雛里は自分の体を見下ろしたりする。
「まあ、こやつは私がおさえます故。そちらも……そうですな、祭殿でも呼ぶなら呼ぶで。いかがですか?」
「ん……ああ、そうだな。一人で相手するのはまずかったかな。じゃあ、白蓮。詠と祭がいるはずだ。呼んでくれるかな?」
 白蓮がいるとは思っていなかったのか、驚いたような困ったような、なんとも判別し難い顔つきで彼女を見ていた一刀は、星に話しかけられてようやくのように意識をこちらに戻したようだった。
「んー、了解」
 最後にたしなめるような視線を焔耶に送り、白蓮は頷く。結った髪の毛がかすかに揺れた。
 雛里が自分を見つめる視線に気づいて顔を向けると、星が何事か問いかけるような表情でこちらを見ている。なにをするつもりかはわからないが、ここは任せてみようと彼女は頷いた。
「それから、伯珪殿」
「ん?」
「貴殿にも立ち会ってもらいたい」
 ふうと雛里は安堵の息を吐く。まさかいたずら好きの趙子龍とてこの状況で遊ぶことはないだろうと思ったが、さすがに自重してくれたようだ。
 白蓮の立ち会いなら、彼女も反対するいわれがない。
「え? 三対三でいいんじゃないのか?」
「いや、あくまで立ち会いだ。いまは北郷殿の配下とはいえ、桃香様の古くからのご友人。我らと共に蜀をつくりあげてきた人物でもある。どちらに肩入れするでもなく諫められるであろうからな」
「それは……。そうだが、しかし……」
 白蓮の視線が泳ぐ。その顔が星に向き、雛里に向き、最後に一刀に向いた。
 一刀は片眉をはね上げて星を見ていたが、白蓮の戸惑うような視線に気づいたか、小さく頷いて見せる。
「うん。そうだね。冷静な人間がいてくれるほうがいいかもしれないな」
「それを私に期待するのもどうかと思うが……。まあ、わかった。じゃあ、呼んでくるからな」
 そうして白蓮が去り、後には沈黙だけが残る。
 その緊張に満ちた空気の中で、雛里は、この局面をいかにして友好的に解決するかに頭を悩ませていた。

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第十九回:会談」への2件のフィードバック

  1. [第十九回:会談]1.武威の地の文にて。
    {際はそう応じてから、雛里が馬を下りるのを手伝う。}“祭”とすべき箇所が“際”になっています。

    貧乏クジを引いてこその白蓮ですよね。

    •  ありがとうございます。直しておきました。

       白蓮さんは、常識人すぎて……w
       一人、主を守ろうと気遣いした結果が、この巻き込まれ具合。実にかわいいですw

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