第十七回:戦雲

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「さて、今日もしっかり働くとするかの、七乃」
 目的地に着くと、美羽は玄武くん五号の上に立ち、そう言った。
 彼女の目の前には蜀が設けた関所がある。
 ここから先は蜀の領土だと言っているわけだ。その関所を通ろうとする人々が、兵の集団と妙な兵器を見て、びくびくしながら道を空けた。
 あるいは、遠くから来た商人たちだろう、土産話になると思ったのか見物に集まってきた人々もいた。
「はーい。それじゃ、兵のみなさーん、列を作ってくださーい」
 七乃自身は鍋のような兵器から離れ、兵を指揮する。
「砲は? あー、無理ですか。無理なら、まあ、かけ声だけでいきますかね」
 工兵に声をかけた後で、頭上の美羽に向かって手を振った。
「よいか、皆の者。いつも通り妾の後に続くのじゃぞー」
「おーっ!!」
 美羽は胸を張り、大きく声を上げた。
 兵がそれに応じて野太い声を上げる。
 美羽は改めてぐるりと見渡す。関所の警備の兵はまたか、というような諦めの顔で、そこを通る人々は興味津々といった風情でこちらを見ていた。
 その様子にうむうむと頷くと、彼女は手を広げ、大きく息を吸う。
 そして、腹から響く声を張り上げた。
「荊州は漢のものじゃー!」
「荊州は漢のものだー!」
 兵たちが彼女に続いて大声で叫びながら腕を突き上げる。一糸乱れぬその様子に度肝を抜かれたか、周囲で見守っていた人々がざわめきつつ距離を取る。
「蜀は領土を返すのじゃー!」
「蜀は領土を返せー!」
「関から出て行くがよかろー!」
「関から撤収しろー!」
 美羽の音頭とそれに続く兵の雄叫びが何度も何度も続き、美羽が顔中に汗を浮かべるほどになったところで、ようやく息を吐いた。
 その頃には、周囲はすっかり静まりかえっている。
「わはは! 妾の威にぐうの音もでんか。今日はこの辺でゆるしてやろう。では、またなのじゃ!」
 呆れてるだけだと思いますけどね、と七乃はにこにこ微笑みながら思う。彼女としては、美羽が満足ならそれでいい。
「よーし。次は呉じゃー」
「おー」
 一団は旋回し、新たな目的地を目指す。

 呉の砦の一つは、蜀の関所と対面するように数里離れたところにあった。
 その砦から張り出した見張り台に、身を潜めて外を眺めている人影がある。長い黒髪にきまじめな顔つきの小柄な女性こそ、周幼平――明命だ。
「……本当に袁術だ……」
 明命はめまいに襲われそうになるのをなんとか踏ん張って止め、再び外を観察する。袁術と張勲がなにやら荊州で策動していると聞いて駆けつけてみたのだが……。
 一体なんだこれは。
「呉は砦をはようわたせー!」
「呉は砦を明け渡せー!」
 大声で叫ぶばかりで、兵は刃を見せもしない。
 もちろん武装はしているが、明命の鋭い目には離れていてもわかる。長柄の武器には覆いが掛けられ、弓は弦が張られていない。
 戦う気がないと示しているのだ。
 だが、よくわからない巨大な兵器を持って押しかけ、騒ぎを起こすとは……。
 明命は偵察の本分を思い出し、目の前で何が起きているか理解しようとするより、まずは事態をそのまま受け止めようと努めた。
「お嬢様ー、砲、なおったみたいですー」
 兵器のあたりで、何事か起きたようだ。張勲が、上で跳ね回っている袁術に話しかけているのが聞こえる。
「よし。では、妾たちの声にあわせて打ち上げるのじゃ」
「了解でーす」
「漢の支配を受け入れるがよいぞー!」
「漢の支配を受け入れろー!」
 再び始まった声に続き、爆発音が一つ。同時に煙突の一つが大きな煙を吐いたのが見えた。
 そして、異様に甲高く、長く尾を引くなにかの鳴き声のような音が周囲に響く。
 その耳慣れない音に、砦に詰めている兵があたふたと動揺するのが見えた。明命はぎり、と奥歯をかみしめる。
「……これは北伐にあわせて開発されたという鏑弾ですね……」
 鏑弾のことは明命の配下からも情報が来ていたし、蓮華や思春も使われるのを見物している。
 だが、実際に聞いてみるとでは大違いだ。この風変わりな音は、あまりに未知なために、人を恐怖に陥れる。
 そんな鏑弾をかけ声と共に三発ほど撃ち放った後で、金髪のかわいらしい少女は兵器の上から言い放つ。
「では、また来るのじゃ。強情っ張りどもめ、首を洗って待っておれ」
「待っていろーっ!」
 今回は続けたのは七乃。その明るく、笑いさえ含んだ声は、兵の声と同じくらい呉の将兵のかんに障った。
「わははははー」
 しゅごーっ。
 ものすごい音で蒸気を噴き上げながら、兵器が向きを変える。
 目指すは次の呉の砦。
 明命は知らぬ事ながら、美羽たちは今日だけであと六つは点在する呉と蜀の拠点を回る予定であった。
「これが……定期的に来るのですか」
 振り向き、騒ぎが終わったところで近づいてきた男性に問いかける。砦の責任者である将校は渋い顔で頷いた。もはやなにも言う気力がないらしい。
「勘弁して下さい……」
 頭を抱え、ここにはいない雪蓮と一刀に愚痴りたくなってきた明命であった。

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