第十六回:半途

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命名

 これは、一刀が涼州へ発つ直前のお話。
 彼は今日も今日とて、仕事を終わらせては、天宝舎に急ぎ、でれでれと子供たちを構っていた。そんな中、自分の子供のうち三人をまとめて抱き上げていた美以が彼に言ったのだ。
「……名前?」
 一刀の問いかけに、美以は元気に頷いた。
 それにつられて頭の上のピンクの象が揺れる。
 あれって、どうやって張り付いているのかな、と思いつつ、以前その生態を聞いてみた時に『いざとなったら地面に投げつけるにゃ。そうすると、あっという間におっきく』と言われたところで話を無理矢理打ち切った経験があるために突っ込んでは聞けない一刀であった。
「そうにゃ。兄が考えてくれにゃ」
 彼女が言うのは、彼女自身をはじめ、南蛮勢の子供たちのこと。
 あわせて十八人もいるその子たちの名前を考えろと言われて、たしかにそれが必要だったな、とぼんやり思う一刀だった。正直、あまりの数に圧倒されて、そんなことまで頭が回らなかった。
「でも、どんな名前がいいんだろう?」
「ん? 兄の好きな名前でいいじょ?」
「そうは言ってもなあ」
「一刀ー」
 話を聞いていたらしい声が、後ろから聞こえてくる。振り返れば、大小を一人ずつ抱いためいど姿の雪蓮と冥琳。
「ちゃんと考えてあげた方がいいわよー」
 白い鬼面の言葉に、強く同意する様子の冥琳。
「うちの娘たちはぐずぐずしているうちに、大周、小周が幼名になってしまったからな」
「それに反応するようになっちゃったからね」
「まあ、それはそれでいいのだけど、そちらは数が多い。はやめにきちんと名付けておいたほうがいいかと」
「そうだなぁ……」
 彼女たちのもっともな言い分に頷いて、また考え込む一刀であった。

 しばらく考えさせてくれ、と部屋を移る。こちらは千年や木犀が寝ている側に、風と月がいた。ちょうどいいので彼女たちにも相談してみる一刀。
「こちらの名前だと南蛮ではあまり通用しなさそうな気がしますねー。美以ちゃん以外、真名もあるのかどうかよくわかりませんし。そもそも美以ちゃんはあちらの名前に、漢人風の姓名を後からつけたのかも」
 風が首をひねりながら呟く。そのあたりの風習を尋ねるのはあまり礼儀正しいことではないのかもしれない。
「ご主人様のお国の名前ではいけないんですか?」
「うーん。俺のところの名前も、基本は漢字を使うんだよね。美以たちにはちょっと合わない気がする」
 もちろん、音だけならかわいらしい名前もあるのだが、兄弟姉妹があまりばらばらな印象になるのは避けたいと一刀は思っていた。
「風たちからすると、おにーさんの名前も十分聞き慣れないものではありますけどねー」
「まあ、なにより人数が……いっそ、なにか規則性を……」
「ああ、おにーさん」
 ぶつぶつと呟き始めた一刀に、釘を刺すように風が告げる。
「自分の名前の一部をあげるのはやめたほうがいいですよ。特別扱いに見えちゃいます」
 男の子全員を二刀(にと)から八刀(やと)にしようと考えていた一刀の目論見はあえなく潰えた。

 結局、こちらの人間に相談しても、南蛮勢とでは認識が違いすぎるとの結論に達した一刀は一人で考えてみることにした。
「美以の子供が男二人に女三人、トラの子が女三人、ミケが男女三人ずつ、シャムが男女二人ずつだよな」
 口にしてみると、本当に多い。
「おかしな人生だなあ」
 自分が二十人以上の子持ちになると想像する同世代の人間など、そうそう居はしなかったろう。
 彼は苦笑いしながら思う。
 だが、そのことを後悔することなどありはしない。
 彼はそういう世界に戻ることを望んでいたのだから。
 とはいえ、こちらの世界でも、そこまでの数の子供を一度に得る男というのは希有な存在ではあるが。
「さて、考えよう。まず、特徴……って言える特徴はないか」
 一刀自身は見るだけで、どの子供かの見分けはつく。だが、新生児にそれほどの個性というものがあらわれるわけもない。泣き声の様子をもとに名前をつけました、というのも変な話だろう。
 そこで、一刀は思考の方向を変えてみる。
「美以、ミケ、トラ、シャム……」
 母親たちの名前を改めて口にしてみた。
「鳴き声と毛並みと品種……だよな」
 いや、シャムは元来、南方の地名だから、地名という線もあるか、と思いつつ、やっぱり猫だよなあ、と思うのを止められない一刀である。
「あのしっぽと耳を誇りにしているってことは、猫にちなんで……」
 サバトラとかキジトラとか……と竹簡に書き始めて、慌てて首を振る一刀。
「いや、でも、俺の息子と娘だぞ……うーん」
 その夜、一刀の部屋からは、灯火の灯りが漏れ続け、うんうんうなる不気味な声が聞こえ続けたのだった。

「えー、名前を考えてきたので発表します」
 赤い目をこすりこすり天宝舎にあらわれた一刀の言葉に、おー、しゅごいにゃー、とわいわい騒ぐ南蛮のかわいらしい猫耳娘たち。
「まず、女の子を並べて下さい」
 彼の言葉に従って、娘たちが並べられる。美以、トラ、ミケが三人ずつ、最後の二人がシャムの子だ。
 おくるみに包まれた子供たちの上に、一枚ずつ名前の書かれた紙を読み上げつつ置いていく一刀。
 曰く――。
 マウ。
 ペルシャ。
 スコゥ。
 アビ。
 コーニ。
 サイベル。
 バーミー。
 クーン。
 シャル。
 プーラ。
 ソマ。
 次に美以の子二人、ミケの子三人、シャムの子二人の男児に向かう一刀。
 ラグ。
 クス。
 バン。
 ムリック。
 ヤマ。
 バリニー。
 コラット。
「どうだろう……ね?」
 不安そうに振り向く一刀。
 四人は名前が読み上げられる度に、おーとかみゃーとか騒いでいたが、改めて尋ねられて、一刀に満面の笑みを向けてきた。
「なんだか不思議な響きだけど、これでいいと思うんだじょー」
「かっこいいにゃ!」
「かこいいにゃ!」
「かわいいにゃぁ……」
 早速自分の子を抱き上げて、その名前を呼んでいる四人を見ると、どうやら気に入ってくれたらしい。ミケなどは一度に覚えきれなかったか、名前の読み方をもう一度尋ねてくる。
「い、いやあ、喜んでくれてよかったよ」
 みゃーみゃー言いながら子供たちと一緒にわらわらとじゃれついてくる四人を抱きしめ返したりしつつ、一刀は喜びとなにか奇妙な感情の交じった微妙な笑みを浮かべる。
 考えに考えてつけた名前が、猫の品種か、それを縮めたものだとはどうしても言えない一刀であった。

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