第十五回:当惑

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2.進軍

 北伐中央軍は、その中でも、三つ、時に五つに分かれ、将軍の率いる軍ごとに散開し、再び予定地点で合流するという進軍行路を取っていた。
 三十万を一気に展開させるとなればどうしても地形を選ぶ。それよりは小分けにしつつ、分遣隊で援護し合う形をとるほうがよかった。
 現在は、九万の軍二つと、華琳率いる十二万という形で進軍している最中である。
「うーん」
「どしましたー、流琉ちゃん」
 その九万の軍のうちの一つ――流琉と風が率いる軍の本陣。その中央に位置する天幕の中では、流琉が腕組みしながらうなり、風がそれを耳にとめていた。
「あ。いえ、今日の敵、あんまり勢いがなかったなあって」
「そりゃあ、そですよ。やる気がないんですからー」
「え?」
 座っていた胡床を動かして、風に向き直る流琉。風も書き物をしていた手を止めて、流琉の方に向き直った。
「でも、今日の相手は結構数が多かったですし……下手をすれば……」
「はいー。今日の部族は五千ほどでしたか。それでもほとんどが騎馬ですからね。こちらを攪乱するだけならできたと思いますよー」
 騎兵の攪乱能力は凄まじい。
 なにしろ機動力が違う。動きの遅い歩兵なら、弓が届かない距離を保って攪乱し続けることも可能だ。
 もちろん、それで撃退できるわけではないが、魏軍は大軍だけに統率が乱れ、そこから崩れてしまうことも考えられる。
 流琉が敵なら、攪乱し続けて隙を見つけ、崩れた部隊を狙って数を減らすことを考えるだろう。
 全部を打ち砕くことは出来なくとも、ある程度以上の損害を出せば、一時的に撤退することも考えられる。
 その間に、近隣の部族などを募って……と考える。だが、風の言いようでは、それは無いようだった。
 実際、敵は流琉の考えるようにはせず、ただ何度かこちらに突撃したのみで、日が暮れるより前に停戦と降伏の使者を送ってきたのだ。
「それをしなかったのはなんででしょう?」
「負けるほうがお得だからですねー」
「ええっ?」
 驚く流琉を尻目に、風はごそごそと袖の中から棒つきの飴を二つ取り出す。
 包みをはがして片方を流琉にも渡し、舐めるよう促した。風が飴をぱくつくのを見て、流琉も恐縮しつつ舐め始める。
「このあたりは匈奴と鮮卑の雑居地域ですが、まだまだ漢の影響が強い地域です」
「ふわい」
 飴をくわえているため、変な返事になってしまう流琉であった。
「彼らは以前から漢に貢納してましたし、その見返りとして内地の文物を得ていました。正直、これから魏の支配下に入って税を納めても、それほど変わりはないのですよ。税の代わりに、こちらは様々な便宜を図りますしねー」
「でも、それなら平和裡に終えれば……」
 ちゅぽんと飴を口の外に出して、流琉は考えながら訊ねる。
「そこは、ほら、どの部族にも血気盛んな一派というのがいますから。一戦して敗れたという事実が必要なのですよ。しかも、手強いと思ってくれれば、余計に尊重してくれるだろうという思惑もあります」
 風の言うことは流琉にも理解できた。戦わずして降ってしまった場合、火種を残すことになるのだろう。
「ははあ」
「そゆわけで、しばらくは手応えがないと思いますよー」
 そう言って風は美味しそうに飴を舐める。
「はあ……」
 肩すかしをくらったような気分で、流琉も飴を舐める。しばらく、天幕の中には二人が飴を舐める音だけが響いていた。
 ここは戦場のはずなんだけど、と思う流琉。
「ただ、まあ……。ちょーっと手応えなさすぎではありますよねー。予想以上です」
 しばらくしてから、風が首を傾げながら呟いた。彼女の頭の上で宝譿がずり落ちかけて、風が手で彼を取り押さえる。
「そうなんですか?」
「はいー。稟ちゃんと予想したより、はるかに早く降ってくれています。やる気が無いなりにもう少し粘るかと思ったのですけど……」
「楽、ではありますけど……」
 言った後で、そういえば、と流琉は手を打つ。
「やる気がないとはいえ、退いたと見せかける動きは巧みですね。あの人たち。気を抜いているとやられちゃいそうです」
 彼らの騎馬の動きを思い出しながら流琉は言う。今日の敵だけではなく、これまで降してきた部族も、逃げたと見せかけて振り向きざまに弓を射てきたり、思わぬ所に騎兵の分隊を移動させて伏兵としたり、学ぶべきところの多い動きをしていた。
 もちろん、それも騎兵主体の素早い機動があったればこそだ。
「ええ。それはそですね。彼らは自分たちの得意な場所に引きずり込んで戦うのが得意です。だから、それに誘われないよう気をつけてるわけでー」
 そこで風は何かに気づいたように虚空を見つめた。
「んー。そうすると、この予想以上の手応えの無さは彼らの策?」
「え……」
 目を丸くする流琉に、風は意地悪な笑みを浮かべてみせる。
「なんて、言ってみたりしてー」
「や、やですよ。悪い冗談です」
「なにしろ、部族ごと負けて、我々の支配下に入っているのは事実ですからねー」
 おかげでどんどん支配地域は増えている。それは間違いのない事実であり、風の言うような策を取るとしたら、これだけの部族をこちらに降らせる意味がない。なによりも、部族はそれぞれ独立しているのだ。
「部族の枠を越え、さらに古くからの確執を全て忘れて、大連合が出来れば別なんですけどねー」
「そんな動きがあるんですか?」
 いえいえ、と風はぱたぱた手を振る。
「風の予測では、それが出来るのはもっともっと後のことなので、いまは心配しなくていいですよー」
 それからまた飴をがじがじと噛んだ後で、風はしっかりと言い切った。
「まずは一戦一戦、歩みを進めていくことですー」
「はい、そうですね!」
 流琉が妙に熱心に頷き、その勢いが我ながらなんだかおかしくなった彼女と、あまりの元気の良さにびっくりした風は、お互いに顔を見合わせて笑いあうのだった。

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