第十四回:責務

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 伝令の兵を見つけ、沙和への書簡を預けたところで、足を兵たちの一団へと向けてみる。
 なにやら彼らは届いた荷物をばらしているようだった。
「お前たち」
「あ、将軍」
 声をかけると、皆が凪の姿を認め、姿勢を正す。
「なにをやっている?」
 尋ねると、一人――工兵の百人長が代表して口を開いた。
「はっ。洛陽の李将軍から送られてきました。木組みの兵器のようなので、組み立てようとしておりまして……。ただ、誰も見覚えがありませんので新兵器であろうと。おそらく詳しいことはこの書簡にあるものかと思い、それを読み解こうとしているところでして」
 彼の手にはいくつかの紙が挟まれた木簡がある。垂れた紙を見るところ、その何枚かの紙は組み立ての説明をした図のようだ。
「そうか。……ふむ、そうだな。私が読んでみよう」
 彼でも字は読めるだろうが、凪は真桜の手を見慣れている。彼女が読んだ方が早いだろう。百人長は素直に書簡を渡してくれた。
「ふむふむ……?」
 ざっと目を通して、凪はうなる。
「これは兵器ではなく、運搬用具だな。自転車、とかいうものらしい」
 運搬を楽にするとは書いてあるが、さてどんなものか。
 真桜の言うことはちょっと誇張されていることがあるからな。凪はそう考えつつ、組み立ての説明図を丹念に見返す。
「荷馬車のようなものですか?」
「うーん。まあ、論より証拠だな。いまから指示するから、お前たち、組み立ててみろ。まず、空の荷車を持ってこい」
 凪の声に、早速空いていた荷車が引っ張ってこられる。本来は馬につなぐ物だが、空なのでもちろんなにもつながれていない。凪はさらに指示して馬を連結する部分を外させる。真桜の説明書にそう指定されていたのだ。
「細かいところはもうできあがっているから、あとは、それを組み合わせるだけだな。そう、それを支柱にしてだな……」
 まっさらの状態になった荷車に、送られてきた材料をはめ込んでいく。いくつかの部分に分けられていたが、駆動する部分は調整が必要なのだろう。すでに組み上げられていた。
 一つの荷車に二組を組み付けるよう書かれていたので、もう一度同じことをして、ようやくそれは組み上がる。
「これが自転車、ですか……」
 百人長が兵たちの戸惑いを代表するように呟く。
 目の前の物体がなにを目的とするのかまったくわからなかったのだ。
 荷車の荷台から伸びている二本の支柱は最終的に前方の車輪に繋がる。支柱のうち、荷台の高い部分から斜めに伸びるものの上には、木の枠に布を張り詰め物をした椅子のような座席がつけられていた。
 少々おかしいのは背もたれが妙に大きく、尻を乗せるらしき座面は地面と並行につけられているのに対して、背もたれは斜めの支柱にそっていることだろうか。
 これでは人が座るとかなり寝そべった形になるだろう。
 座面よりさらに先、地面についた大きな車輪と歯車で複雑にかみ合っているのは、小ぶりな車輪のように見える。そこからは木の棒が突き出され、さらにその先に車輪や棒とは直角をつくって板がとりつけられていた。その板には紐でひっかけるところがあった。
 そんなものが二つ、荷車にとりつけられたのだ。
 彼でなくとも首をひねるだろう。
「正確には違うそうだ。隊長……北郷卿のいた世界では、単体で動くものなのだが、李将軍がこちらで扱えるよう変えたんだな。今回は荷車にくっついていることだし」
 凪もよくわかっていないらしく、自信なげに答える。北郷一刀とのつきあいは長いが、彼がいたという天の国のことはいまだによくわからない。
 積極的に尋ねなかったというのもあるが、正直聞いたところでわかるのは彼女たち三人のうちでは真桜くらいだろうからだ。
 そして、実際真桜は一刀から聞いて咀嚼し、この『自転車』をつくりあげたのだろう。
「しかし、これでは、馬がつなげませんが」
「ああ、馬の代わりにするそうだ。まずは私が試すから見ていろ」
 もっともな質問に、凪もあまり信じ切れていないことを話す。
 しかし、ともかく真桜と、なにより彼女に『自転車』について語ったであろう隊長を信じるしかない。彼女は意を決して二つの自転車のうち一つにまたがった。
「ええと。ここに座って……座るというよりは、寝そべる感じだな……」
 荷車の車高が低いためと、『ぺだる』――と真桜が書いてきた――踏板が車輪の上に位置するため、上半身は寝そべらせて、脚を放り上げるような形になる。
 一刀は後にこの姿勢を見て『自転車は自転車でも、リカンベント!?』と驚くことになるのだが、もちろん、この世界の人間にそんなことはわかるわけもない。
 荷車の二輪、さらに組み付けたものが二輪あるため、安定性は悪くない。いまは荷物を載せていないこともあり、慣れない凪が座席の上で書簡を読みつつ体をもぞもぞ動かしても少々揺れるだけで特に支障はなかった。
「そして、これを脚の力で……」
 木簡を顔前に広げつつ、踏み板に足をひっかける凪。紐がかかっているので、足先が板に固定される。
「押す……」
 背もたれに上半身を押しつけ、その反動で板を押す感じで力を入れる。力を込められた踏み板が動き、歯車を経由して車輪へと力を伝えていく。
 そして、じり、と荷車自体が前進した。
「おお!」
 兵たちの間から声が漏れる。その声に押されるように、じわじわと進んでいく凪と荷車。
「動きました、動きましたよ、将軍!」
「ふぅむ……。ああ、方向は荷車そのものを操作か……」
 動き始める時こそなかなかに大変であったが、足への力の込め方がわかれば、なんと言うことはない。片足を蹴り、反対側の足を引き寄せる動きを連続させればその動きが回転に変換されて車輪を回してくれるというわけだ。
 凪は体感で動作を理解して、さらに力を込めてぐんぐん進んでいく。
 荷車とよくわからないものが進んでくるのを見た兵士たちが戦いたように場所をあける。凪は荷車を操作して、彼らを大きくよけつつ、さらに速度を上げていく。
 どうやら、速度をある程度まで上げたほうが動作が安定するらしい。疾走感を肌で味わいつつ、凪はそう結論づけた。
「脚を使うのはいいな。腕よりも力は大きいし、脚を動かすことで移動するというのは体感としてわかりやすい」
 まあ、兵たちに慣れさせるのはなかなか大変だろうが……。尻に響いてくる衝撃をいなしつつ彼女は考える。整備されていない道では、この衝撃が兵たちを悩ませるだろう。
「速さはどうだー?」
 大声で叫ぶと、すごいすごいと騒いでいた兵たちがしっかり速度を測り始める。
「驢馬よりは速いです! 騎馬ほどでしょうか!」
「まあ、そんなところか。私ならもっと速くもできるが、兵の力具合と物資を載せることを考えると、驢馬と馬の中間か?」
 それに、なんといっても馬の強みはその力強さと粘り強さだ。人ではとてもかなうまい。
 だが、馬と違って、人は数がいるし命令もきく。疲れれば自分で申告できるし、馬をつなぎ替えるのと違って交代させるのも容易だ。なにより、この体勢だと二人乗っているうちの片方は腕が自由になるので足で漕ぎながら食事を取るといったことも可能だろう。また、うまくやれば、動かしながら片方を交代させることもできるのではないだろうか。
 そこまでさせるつもりもなかったけれど。
 ひとしきり性能を試してみたところで、凪はふと気づいた。
「……む、どうやって止まるのだ」
 軽快に漕いでいた足の動きを緩め、木簡をもう一度見てみる。制動機構はたしかにあると書かれていたが、組み込み忘れたようだ。
 そういえば、部品が余ると思っていた。
「止まる部分は荷台側に組むのか……。気づかなかった」
 荷台への作業は、自転車本体を連結することだけだと思い込んでいたので、見落としたらしい。
 放っておけば止まるだろうが、かなり速度がのってしまっている。このままでは陣地をつっきって外に出てしまうだろう。それは避けたかった。
「……し、しかたない」
 凪は木簡を懐に押し込めると、足を踏み板から外し、車輪の動かすに任せる。その上で、心を静め、体を起こして構えを取った。
「破ぁっ」
 気合いと共に、氣弾が前方の地面に炸裂する。
 その反動で無理矢理止まろうと考えた凪は、しかし、氣の練り具合を少々誤った。なにより、氣弾を撃つために腰を浮かし、体自体を起こしていたのが悪かった。
 彼女は荷車をはるかに超えた後方へと吹き飛ばされ、荷車は彼女の氣弾がうがった穴にひっかかって横転することになるのだった。

 その後、制動部分もしっかり組み込んで、自転車牽引式の荷車が十台作られた。
 兵に慣れさせるのは予想通り多少時間が必要だったが、この牽引自転車は全体として補給部隊の前進速度を上げることに貢献し、各将軍はさらなる配備を要求することになる。
 その報告を受ける前から、真桜の指示により洛陽の工兵部隊は増産体制に入っていた。
 最終的に、これら人力牽引車が、馬匹牽引と共に右軍の補給活動を支えていくことになるのであった。

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