第十三回:罪罰

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3.節

 刑場は砦の裏に広がる森との境に作られた。
 砦で利用するためだろう切り開かれた広場のような場所に、将たちと兵が集まる。将は誰もが立ち会いを強制されていたが、兵は自由に見物していいことになっている。ある者は自戒を込めて見物の列に加わり、ある者は珍しいものを見られるという好奇心だけでその場にいた。
 八つの切り株に、それぞれ一人ずつがくくりつけられていた。百人隊三つの隊長と副長二人ずつで、あわせて九人のはずだが、一人は彼らの罪を自ら告白したために罪を減じられ、すでに洛陽へと後送されていた。
「この恥さらしどもが。さっさと死ねぃ」
 百人隊の一つを部下としていた祭が吐き捨てるように言うと、切り株にくくりつけられた体を引き起こそうと暴れながら叫ぶ男がいた。
「だ、誰でもやってることだ。俺たちだけじゃねえ!」
 その声に、すっと前に出た影がある。
 その人こそ、左軍大将北郷一刀。
「誰でもか」
「旦那様」
 祭の制止の声を、手を振って抑え、彼はその男に近づいていく。
「本当に?」
「そ、そうですよ、大将。皆やってますよ!」
 自由にならない体の中で頭だけを振って、一刀の方を向いて抗弁する男。周囲の幾人かが彼に同調して助けを請う。
「ふうむ。では、お前が知っている他の隊の名前を挙げてくれるか。あくまで今回の戦でだよ」
「ええと……」
 口ごもる男をそのままに、振り返って祭とその隣に並ぶ焔耶に声をかける。
「黄将軍、魏将軍。彼らは、禁じられている略奪を行ったんだよね?」
「……ああ」
 苦り切った顔で返す焔耶。彼女は自らで刑を執行するつもりなのか、常は陣の中では持ち歩いていない鈍砕骨をその手にしていた。
「しかし、戦場で戦利品を奪うのは否定されていない。つまり、彼らは倒した相手以外から奪ったんだね?」
「そうじゃ。捕虜を合わせて六十七人殺し、金品を略奪した罪により、ここに引き立てられております」
「そう。それで、思い出した?」
 頷いて男に振り返る。男だけではなく、周囲で騒いでいた男女から、いくつかの名前が挙がった。名前に聞き覚えがあるのか、見物人の中からいくつか怒号が起こるが、その群れの前にいた星が一喝して声を途切れさせる。
「調査は?」
「他の百人隊の関与は認められませんでしたぞ」
 ねねが胸を張ってそう答える。一刀は申し訳なさそうに彼女に頭を下げた。
「それでももう一度調べておいてくれるか。すまない」
「いや、膿は出さないとな。念には念を入れるよ」
 翠がそう言って、彼らが口にした名前を書き取らせた。
「そういうわけで、安心してほしい」
 一刀は男に再び話しかけた。彼の言葉を聞いて、希望に顔が輝いた。
「本当にやっていたのなら、全員を罰することを約束する」
 続いた言葉に男たちは顔を少し曇らせ、さらにその次の言葉は、彼らの予想だにしていないものであった。
「だから、安心して死んでくれ」
 絶望に彩られる男の顔を無表情に見つめつつ、彼は次の言葉を絞り出す。
「道具を持ってきてくれるか」
「しかし、旦那様、こやつらは儂が……」
「そうだ、ワタシが始末を!」
「いや」
 口々に抗議する二人を、小さいがはっきりとした声で否定する。歯を食いしばりながら漏らすようなその口調に、焔耶も祭も二の句を継げない。
「今回左軍の大将になるにあたって、俺は持節を授けられている。これによって、俺、北郷一刀は独断で軍令違反者を処断できる」
 持節とは使持節と呼ばれる権限のうちの一つで、使持節、持節、仮節と三種あるうちでちょうど真ん中にあたる。しかしながら、この権限でも非常時には二千石――つまり、一刀本人と同じ九卿以下の官ならば、軍令違反をどのようにも罰することができた。
「つまり、この場で、彼らの首をはねる権利は、俺にしかない」
 それは正確ではない。
 法に照らして言えば、死を含んだ処罰を命じる権能があるだけで、彼自身が手を下す必要などあるはずもない。
 けれど、それをわかっていないはずもない。
 彼は、知っていて、全てをわかっていて、そう宣言したのだ。
 だから止められない。
 誰一人止められるわけもない。
 悔しそうにうつむく焔耶も、出そうになる手を腕を組むことで必死に押さえている祭も、渋い顔をして彼を見つめている翠にも。
「斧なら用意してある。お前には刀よりいいだろう」
 大ぶりな斧を持ち出してきたのは華雄。戦斧の使い手だからというのではない。単純に人体を破壊するのに一番有用なものを考えた結果であった。
「そうだな、これなら思い切り振れる」
 腰から鞘ごと刀を抜いて、華雄に預ける。重さを確かめるように何度か持ち上げてみてから、彼は罪人たちの前に歩み寄った。
「すまんな」
 それは、これから彼らに死を贈ることへの謝罪ではない。
 おそらく、その周囲に居る人々の中で将たちだけが、その言葉の意味を理解しただろう。
 それは、苦しめずに殺せなくて申し訳ないという謝罪。
 彼が横に立って観念したのか、恐怖に震えるしかないのか、もはや男は身動きもしなかった。顔を動かすこともなく、ただ、縛り付けられた格好のまま、地面を見つめている。
 それは一刀にはありがたかった。動かれればそれだけ苦労することは目に見えていたからだ。
 分厚く重い刃を頭上に持ち上げる。
 彼の口の奥で、ぎりり、と歯が鳴った。
 ふっ。
 小さく息を吐き、そのまま落とした。
 ごり。
 しまった、と彼は思った。
 その手応えは骨にあたったものだった、つまり、振り切れていない。
 白い断面が見えた。あれは靱帯、いや、脂肪だろうか?
 そんなことを考えている間に、びくん、と男の体が震え、途端に首筋から血が噴き出した。傷口が朱に染まり、先ほどの白を隠していく。一刀の視界も薄膜がかかったかのように赤く染まっていた。
 だが、勢いよく血液を噴き出す傷口はまだ半月状で、男の靱帯と筋肉を断ち切ったのみである。骨はいまだつながっていた。
 びくり、もう一度体が痙攣する。
 もはや男に意識はない。痙攣は体の不随意的な反応であって、男自身の意識はもはや失われて戻ることはない。それでも首はつながっているし、心臓は動いている。
 だから、一刀は斧を振りかぶり、もう一度振り下ろした。
 ぞぶり、ごつん。
 二つ、音がした。
 首が転がり、斧の刃が切り株に食い込んだ。
 噴き出す血はさらに多くなり、一刀の半身を赤と黒の混じった色に染め上げる。
 食い込んだ刃を抜き取れず苦労している一刀の下に華雄が近寄り、軽く手をあてただけで斧を抜き取った。
「もし万が一暴れる時はな、主殿」
 斧の刃を調べながら、二人だけに聞こえる声で彼女は忠告する。
「柄で頭を殴れ。それで意識が混濁しておとなしくなる。そのほうが慈悲にもなろう」
「わかった、ありがとう」
 それから彼は首を見た。
 先ほどまで光っていた、その目を見た。
 いまは何者でもない物体を。
「次」
 平板な声で彼は呟き、視線をそれから引きはがす。
「ねね」
 二人目に近づいていく男の姿から目を逸らした同輩に、詠はきつい声で言った。
「あいつを見捨てるというなら、目を逸らしなさい。そうでないのなら、しっかり見なさい」
「しかし……あのような……あいつがあそこまでする必要は……」
 音々音は怯えていた。
 血に?――否。
 死に?――否。
 北郷一刀に。
 普段笑っている、あの男が。
 一番弱いはずの、あの男が。
 子らの死に泣いていた、あの男が。
 いま、とてつもなく、怖い。
 けれど……。
「……ご主人様の決めたこと。見守ってあげるのが、務め」
 背後に回って肩に手を置いてくれた恋の言葉がかかる前に、音々音は前に向き直っていた。
「そう……ですね。その通りです」
 その言葉は苦鳴のようであり、そして、彼女の心底からの本音でもあった。

 本陣の書記官によるこの日の記録は、ただ二行。
『軍令違反により、斬首刑を執行。
 死罪、八名』

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