第十三回:罪罰

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2.戦場

 軍師たちが遠く洛陽で予想する通り、北伐左軍は初めての本格的な戦闘を迎えようとしていた。
 相手は涼州の小豪族で、馬騰の連合があった時期にも、時に馬騰側、時に羌の側についてうまく立ち回りつつ自領の拡張を図ってきたくせ者だった。
 西涼の錦馬超の所属する冬陣に対しては殊勝にも降ることを約束し、夏陣が進出すると、実際に根城としている町の引き渡しをもしてみせた。
 だが、夏冬の両陣が十分離れたところで、町近くの砦に籠もって抗戦の意志を示してきたのだ。
 こうなると、補給と事務処理を担当する右軍にはやっかいな相手となる。
 一刀はすぐさま冬陣を取って返させ、これを討つことを指示した。自身も進出する夏陣から冬陣に移り、戦闘に参加することを表明さえしたのだ。
 さて、ここで夏冬両陣の陣容を見てみよう。
 まず北伐左軍の騎兵――いわゆる北郷六龍騎は隊の名が色で分けられている。
 すなわち――。
 白蓮率いる白龍隊二千騎。
 華雄率いる黒龍隊四千騎。
 恋率いる赤龍隊四千騎。
 霞率いる碧龍隊五千騎。
 翠率いる緑龍隊五千騎。
 蒲公英率いる緋龍隊六千騎。
 合計、二万六千騎。ここで、西涼の棟梁翠が従妹である蒲公英より率いる数が少ないのは、錦馬超の機動についていける者が選別されたためであり、量よりも質を取った結果である。
 一方、歩兵隊は金属や宝玉から名を取った五隊があった。
 また、軍の中で『六龍』に対して自然発生的に『五飛』と呼ばれ始め、隊の名にもそれが反映されることとなった。
 斗詩が率いる金飛兵八千。
 猪々子率いる銀飛兵八千。
 祭の率いる玉飛兵八千。
 星の率いる丹飛兵五千。
 焔耶の率いる鋼飛兵五千。
 あわせて三万四千。
 その他、麗羽が投石櫓などの兵器群と工兵隊二千を率い、本陣には母衣衆をはじめとした千名ほどが詰めている。
 このうち、夏陣に所属するのは白龍、緋龍、碧龍の三隊一万三千騎と、金飛、銀飛の一万六千。
 冬陣に属するは黒龍、赤龍、緑龍の一万三千騎に玉飛、丹飛、鋼飛の一万八千。
 比べれば冬陣より夏陣が二千少ないが猪々子と斗詩の連携具合を考えれば、両陣の力の差は無いに等しいだろう。
 この冬陣三万一千が、砦に籠もる一万五千に挑んだ時、どうなるか。
「え……? 終わっちゃったの?」
 その答えは、冬陣に追いついた北郷一刀の間抜けな声が如実に表していた。
 馬をとばしてきた彼と母衣衆はかなり疲れた顔をしていて、かえって一戦終えたはずの華雄たちのほうが元気そうに見えた。
「ああ。もう首謀者は捕らえてあるし、砦はいくつか門をぶちこわしたから、かなり修理しないと使えない。しばらくはここを拠点にするのは無理だと思うぜ」
 本陣の大天幕の中で、翠が代表して説明する。
 いまは夕暮れ時であるが、戦自体は今日の昼にはもう終わっていたらしい。
 反転の指示が冬陣に届いてからでも五日、砦に着いてからでは三日程度しかかからない早業であった。
「ほら。だから言ったでしょ。ボクたちが来ることないって」
 腰に手をあてぷりぷりと怒った様子なのは詠だ。
 彼女は翠たちに任せておけば十分で、一刀と彼女が戻る必要はないと主張したのだが、緒戦こそ大事だと言い張る一刀に押し切られて着いてきたのだった。
「そうですよ。こちらにはねねがいたのですから。お前たちが来ることないですよー」
「いや、でもさ。騎兵は野戦にこそ威力を発揮するんであって、城攻めに使うのは……」
「下ろせばよろしい」
 呆然と呟く一刀に、鬼面の将がおもしろがるように答える。
「そりゃそうだが……」
「下ろさなくとも、烏桓突騎も涼州騎兵も騎射を得意とする。機動させつつ矢を射かければ、十分に敵兵を引きつけられるからな。その間に歩兵が門を開けてしまえば、それこそこちらの思うままだ」
 華雄も肩をすくめて答える。彼女たちを見回して、一刀はまだよく回らない頭で呟く。
「そ、そう簡単じゃないと思うんだけど……」
 一刀としても言っていることはわかる。
 冬陣は烏桓突騎八千、涼州騎兵の中でもさらに精鋭たる五千がいる。
 たとえ地に足をつけても彼らは強いだろうし、ましてや騎射で攪乱するなどお手の物だろう。
 そうは言っても攻城戦だ。麗羽の兵器部隊もいないというのに……。
「……城攻めは相手が必死なら、本当に大変」
 ぼんやりとした風情ながら、しっかり会話を聞いていたらしい恋が、思い出すように言った。彼女はそこでかわいらしく小首を傾げる。
「今回は、そうでもなかった」
「士気は落ちていましたね。まあ、錦馬超の旗をいつも以上に押し立てましたから」
「へへ……。まあ、あたしの名前もまだまだ通用するな」
 おそらく、そのあたりはねねの策だったのだろう。彼女が説明すると、翠が照れたように頭をかく。
「そうか……。いや、みんなよくやってくれた。ありがとう」
 ようやくのように驚きから立ち直った一刀は、頭を下げて皆に礼をする。その様子に素直に喜ぶ者、恐縮する者、どうでもいいとはねのける者、興味深げにその様子を眺めている者、皆それぞれだった。
「参戦できなかったお詫び、というのもなんだけど、後始末はちゃんとやるよ」
「後始末。そう、そうですな」
 一刀が顔をあげて言うと、星が何事か考え込むようにして言葉を継いだ。
「御大将に来ていただいたのはありがたかったかもしれませぬな」
「ん?」
 そこになにか剣呑な響きを聞き取った一刀が顔を向けると、焔耶が会話に割り込んでくる。
「いや、まだあれは……」
「調べがつくまでそう日はかかるまい。戦の後始末の間、数日もいてもらえば十分であろう。違うか焔耶」
「……いや」
 星には珍しく真っ向から厳しい声で問いかけられ、焔耶は首を振る。少し離れたところで祭が悔しそうに唇をかみしめているのに気づいて、一刀は何事かあったことを確信する。
「ともかく今日は皆休んでくれ。本当によくやってくれた」
 何事があったにせよ張り詰めた空気に支配されそうになる場をこれ以上引きずるのは得策ではないと判断した一刀は、そう言って皆に解散を促すのだった。

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