第十一回:北方

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「色男も大変だな」
「なにが?」
 小屋を出てから、おかしくてしょうがないというように笑っていた白蓮は不審そうに見てくる一刀の視線にようやくそう答えた。
「いや、いまのだよ。私たちが選ばれたことといい、麗羽に遠慮して斗詩を選ばなかったことといい」
「ああ」
 やっとわかった、というように微笑む一刀。その後で彼は唇をかみしめると、悔しそうにうつむいた。
「俺が弱いからな、みんなに心配かけちゃうんだよなあ。申し訳ないと思っている。……ただ、こればかりはすぐになんとかなるわけじゃないからね」
「いや、まあ、それは普通、どんなに強い将軍だろうと、護衛はつけると思うけど」
 一人で歩ける恋や華雄が規格外過ぎるだけだ。
 白蓮は心底そう思う。
 だが、一刀は小さく首を振った。
「普通の護衛ならついてるよ。それでも詠たちが心配しちゃうってことさ」
「え?」
「ほら、あっち、結構離れてるけど母衣衆がいる。他にもいるんじゃないかな」
 白蓮の驚きように、一刀は右手前のほうを指さす。
 そう言われて視界を広げてみれば、彼女たちを包囲するかのように幾人かの兵が歩いている気配があった。白蓮が気づかなかったのは、あまりに離れていることと、彼らも兵の一人には違いないからだろう。
 気づいてみれば、逆方向に行った者が他と交代したりして護衛の面子が刻々変わっていくことも理解できる。
「さすが厳重だな」
「まあ、大将がやられたら、大変だからな」
 それから彼は食事中の兵を見て回りながら、言葉を続ける。
「ただ、麗羽に遠慮したわけじゃないよ。麗羽はたしかにちょっと拗ねやすいけど、いくらなんでもあんなことでへそを曲げたりしないよ」
「そ、そうかあ?」
「斗詩が心配していたのは、たぶん別のことなんだよ」
 白蓮の態度にわずかに苦笑しつつ、一刀は説明する。
「別?」
「袁家の躍進をいまだに気にしている連中がいるのさ。洛陽の表にも裏にもね」
「ああ……。密談と取られたくない、か」
 さすがに白蓮はそのあたりは察しが早い。
 武でも政でも取り立てて秀でたところがない――と自分では思っている――彼女はそういった空気や雰囲気の変化には敏感になるよう自分を鍛えているのだ。
 一刀の言うようなことは確実にあるだろう。ただ、身近に麗羽達を見ている彼女としては実感するのがなかなか難しいだけだ。
「困ったものだよな」
「その連中が一番警戒しているのは一刀殿御本人だと思うが……?」
「それはいいのさ。元々そういう役割だ」
 冗談めかしつつ、それでも少し声を落として白蓮は忠告する。
 いまや北郷陣営についた身としては、頭首の心配をせずにはいられない。一方で、言われた一刀は涼しい顔のままだった。
「役割?」
 聞き返す白蓮の耳元に、不意に彼の顔が近づく。いつもは気にもしていないが、真剣な顔をして近づかれると、その顔が予想以上に男っぽいのを否応なく意識させられて、鼓動が早まるのを止められない。
「天の御遣い」
 彼はまるで重大な秘密を打ち明けるように、その呼び名を囁いた。
「華琳の敵を引きつけてあぶり出すにはいい名前だろ?」
 一刀は体を引き戻し、にっと笑う。その時わき上がった感情を言葉にしようとして、白蓮は立ち止まった。
 そこにかかる声が一つ。
「隊長!」
「え? あれー? お前、たしか警備隊の……」
 一刀が振り向く先にいる兵は魏の鎧に身を包む、まだ若い青年だった。口を開こうとしていた白蓮は慌てて言葉を呑み込んで冷静な顔を取り繕う。
 さすがに兵の前で無様をさらすわけにはいかなかった。
「はい。お久しぶりです。たいちょ……いえ、北郷卿」
「よせよ。でも久しぶりだなあ。凪たちのところにいなかったのか」
 兵は一刀の昔なじみらしく、彼も気安く応じていた。生粋の魏の兵は張遼隊以外には少ないこの陣営では珍しいことと言えよう。
「ええ。顔将軍の部隊が補充人員を募集したおりに志願しまして」
 顔良隊、文醜隊、黄権隊の三隊は元々遼東征伐で捕虜にした兵たちによって構成されている。
 故に、後がないという切羽詰まった感覚はあっても、魏に対する忠誠や士気の面では他の隊に見劣りする部分があった。
 そこで、二度目の模擬戦の後に、補充の名目で経験豊かな魏の兵を十人に一人の割合で加え、綱紀の引き締めと士気の向上を図ることとしたのだ。
 そのことは一刀自身、斗詩たちから報告を受けていた。
 いま目の前にいる青年は、その補充兵に志願し、選ばれたわけだ。
「そうかー。お前が入ってきた頃って、俺もうちゃんと隊長できてたっけかなあ。なんか懐かしいな」
 そう言って彼は顔中を笑みに彩り、その兵士の肩やら腕やらを軽く叩いて親愛の情を示す。
 兵のほうは懐かしさからか、元々彼に対して尊敬を抱いているのか、目をきらきらと輝かせて彼の言葉を聞いている。
 それから、しばらく警備隊時代の話をしていた一刀は、ふと思い出したように問いかけた。
「しかし、なんだってまた、こっちに志願したんだ?」
 兵はその問いには照れたように笑って、ついに答えなかった。
 結局彼とは、一刀が警備隊を離れた後のことまでひとしきりして別れ、二人はさらに陣の中の見回りを続けようと歩き出す。
 白蓮の横を歩きながら首をひねってなにか考えていたらしい一刀は結局わからなかったのか、彼女に言葉を向ける。
「なあ、白蓮。北伐の兵たちへの給金や待遇はそんなに魅力的かな?」
 いや、そうなるように手配はしたはずだけど……などと呟く一刀。それに対して、白蓮は、苦笑のような、それでいて温かな笑みを浮かべる。
「まあ、そりゃあ、久々の最前線だからな。それなりにはいいだろうな。暴れたいってやつもいるだろう。でも……」
 彼女は一刀の背に向けて手を振り続けている兵を振り返り、笑みを深くしてこう答えるのだった。
「あいつがここに来た理由はきっと違うと思うぞ。一刀殿」
 と。

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第十一回:北方」への2件のフィードバック

  1. 久し振りに斗詩の出番を見た気がする(苦笑)。地味だの普通だ等と言われているけど、なんやかんや出番のある白蓮より出番が少ない様に思われるのが斗詩だと思うのですが……
    他の恋姫SSでも“斗詩の出番が少ない”というある意味白蓮よりも扱いが酷い現実。
    地味目だけど十二分に美少女だし、結婚すれば略間違いなく幸せな家庭を築けること請け合いな娘なのにねぇ……

    毎話チェックしてますが、『仮面ライダー エグゼイド』の出来がいろんな意味で酷すぎる。ヒーロー番組としては最低な部類じゃないかなぁ……

    •  斗詩は良い子すぎるんですよねー。
       あれだけの得物振り回して地味もなにもないとは思いますが、周囲が濃すぎるんでしょうかねw
       斗詩メインの二次創作だといざこざを起こせないというのはありますねw なにがあっても少し話せばすぐに終わりそうですからw

       今年の仮面ライダーはチェックしてないんですが、そんなことになってるんですか……。
       いい作品が出てきてほしいですね。

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