第十一回:北方

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 軍楽を知らないわけではない。実際、三国それぞれに鼓吹曲と呼ばれる軍楽曲が存在した。
 だが、それはいずれも漢の鼓吹曲を流用し、独自の歌詞を加えたものだ。国が違っても、拍子そのものは聞き慣れたものであることが普通だ。
 それが、いま奏でられる雄々しくそれでいて清冽な楽曲は誰の耳にも聞き慣れない、初めて聞くものなのだ。
 この戦のために作曲までしたのだ。彼女は直感した。

 いざいざ進め
 勇士たちよ
 千の川越え
 万の山越え
 汝ら生きる限り
 我ら滅びず
 燃え上がる炎囲みて語らいし日々
 朝焼けの光さしてきらめく水辺でまどろみし日々
 全て汝らの中にありて
 我ら滅びず
 汝ら進む限り
 我ら滅びず

 朗々と歌い上げるその声を、彼女は聞く。兵は聞く。初めて聞くはずなのに、なぜだか耳に残る。心に刻まれる、その音律。
 兵のざわめきが消え、彼らが調べに耳を傾けている間に、騎馬は止まる。次いで、二つの列を作りあげていった。
 そして、真っ直ぐにつくられた列の内側に向かって、さらに音高く、伸びやかに響く歌声。
 その間を駆け抜けてくる、一騎の姿の美しさよ。
 黄白色の馬体が光を浴びてきらめき、いかにも大地を駆けるのが嬉しくてたまらないというように躍動する。それを御するでもなく悠然と進ませているのは、白き――光に溶けていくのではないかと錯覚するくらいに真白く輝く服に身を包んだ一人の青年。
 あれが……あれが、天の御遣いか。
 彼女は呆然と心の中で呟く。
 あまりに予測と違いすぎた。あまりに想像とかけ離れていた。
 他の将軍方のように威厳や迫力を感じるというのでもない、この距離からでは顔の細かい造作の判別がつくわけでもない。
 ただ、その動き、その所作に、涼やかなものを感じた。
 邪悪とはいかずとも、だらしないなにかを予想していた彼女にとって、それはあまりに鮮やかでしっかりとしていた。
 彼は騎馬の列の端まで来ると、すらりと刀を抜きはなつ。途端、演奏はぴたりと止み、歌声も消える。
 彼女はその突然の静寂の中できらきらと陽光を反射する彼の刀の光が、蒼空に向けて放たれているような、そんな錯覚を覚える。
 そして、天の御遣いは刀をきらめかせつつ、大音声を張り上げた。
「勇士諸君!
 君たちは、様々な土地から集まった。
 東から来た者がいる。
 南から来た者がいる。
 そして、この地を故郷とする者たちもいる。
 君たちが目指すものは様々だろう。ある者は故郷の解放を、ある者は武功をあげることを、ある者はただ生き延びることを。
 だが、諸君!
 戦場ではそんな事を忘れてほしい。
 君たちが意識するべきは、眼前の敵と、左右の友のみだ。
 友を守れ。そうすれば、友が君を守る。
 君が生き延び、友が生き延びれば、隊が生きる。そして、隊が生きることがかなえば、その戦場は君たちの、俺たちのものだ。
 俺は君たちを、一見死地と見えるところに送るだろう。
 だが、それは勝つためだ。最後に生き延びるためだ。
 忘れないでほしい。
 俺は、君たちを栄誉の死へと導こうとしているのではない。明日へと、未来へと導くために、ここにいる。
 この戦いは、敵を滅ぼす戦いではない。俺たちが生き延び、敵を友とする戦いだ。子らへ未来を渡す戦いだ。
 みんな、俺と一緒に未来を見よう!」
 刀を収め、彼は身を翻す。同時、再び太鼓が鳴り渡り、彼の背に向けて歌声が投げかけられる。

 いざいざ歌え
 勇士たちよ
 千の時超え
 万の年超え
 汝らの名が消えぬ限り
 我ら滅びず
 燃え上がる城壁崩す戦いも
 大地をどよめかし進軍する雄々しき姿も
 全て汝らの中にありて
 我ら滅びず
 汝ら忘れぬ限り
 我ら滅びず

 どこに隠れていたか、各々の部隊の将軍達が現れ、大将の後に続いて前進することを命じる。
「……ふうん」
 彼女は我知らず呟いていた。
 出世するのが悪いのかどうか。
 もう少しだけ、判断を待ってみてもいいかもしれない。
 彼女はそんなことを思いつつ、部下達に命を下し、隊を動かし始めるのだった。

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第十一回:北方」への2件のフィードバック

  1. 久し振りに斗詩の出番を見た気がする(苦笑)。地味だの普通だ等と言われているけど、なんやかんや出番のある白蓮より出番が少ない様に思われるのが斗詩だと思うのですが……
    他の恋姫SSでも“斗詩の出番が少ない”というある意味白蓮よりも扱いが酷い現実。
    地味目だけど十二分に美少女だし、結婚すれば略間違いなく幸せな家庭を築けること請け合いな娘なのにねぇ……

    毎話チェックしてますが、『仮面ライダー エグゼイド』の出来がいろんな意味で酷すぎる。ヒーロー番組としては最低な部類じゃないかなぁ……

    •  斗詩は良い子すぎるんですよねー。
       あれだけの得物振り回して地味もなにもないとは思いますが、周囲が濃すぎるんでしょうかねw
       斗詩メインの二次創作だといざこざを起こせないというのはありますねw なにがあっても少し話せばすぐに終わりそうですからw

       今年の仮面ライダーはチェックしてないんですが、そんなことになってるんですか……。
       いい作品が出てきてほしいですね。

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