第十一回:北方

1 2 3 4

 

1.御遣い

 出世しすぎたのがいけなかった。
 そう、彼女は思う。
 元々彼女は成都のさらに南、南蛮との境に近い村の出だった。それが兵にとられて、赤壁から成都防衛戦と経るうちに、いつの間にやら伍長から什長、さらには属長まで上がってきてしまった。
 腕っ節は人並みだが、人をおだてるのがうまい彼女は、部隊の最小構成単位である伍――五人組――を作る仲間たちを時に励まし、時に叱咤し、稀には文字通り尻を叩いて追い立てて、戦場で生き残ってきた。その上、伍の全員を無事に帰還させることに成功してもいる。
 それを繰り返したおかげで十人長である什長に昇進し、同じようにしていたら、赤壁の戦いの後では百人隊の副長、属長にまでなっていた。
 属長は百人隊の副長であると同時に十の伍、つまり五十人を預かる身分でもある。
 ここまで来ると、生来の口のうまさと機転の良さ、それに経験だけでは追いつかなくなってくる。
 幸い、最低限の読み書きが出来た――元々そのおかげで伍長になんかなったのだ――彼女は、簡単な兵法の入門書から入って、指揮を執るための勉強を始めた。
 とはいえ、什長や伍長の時のように、一人も死者を出さないなどという芸当は属長までくるとなかなかに難しく、成都防衛戦でも幾人かの犠牲を出してしまった。
 いや、犠牲を出すことで戦果を上げるしかなかった。そうしなければさらなる犠牲が予想されたから。
 そんなざまだったというのに武勲を認められ、軍に残ることを勧められたのだから、自分でも大したものだと思う。
 ところで、彼女はいまの主、劉備になんの恩義も感じていない。
 なにしろ、劉備は亡国の王だ。
 益州の暮らしは多少良くなったとは言え、勝手に入ってきて勝手に戦争に負ける王を慕う道理もないだろう。
 負けたのにいまだに国が滅ぼされていないのはよくわからないけれど。
 それでも軍に残ったのは、伯長、つまりは百人隊の隊長という地位を約束されたことと、死なせてしまった仲間への思い、そして、蜀という国への義理だ。
 劉備玄徳という王に義理はなくとも、それなりの俸給をいただいている以上、あと数年は軍で勤めて義理を返してからでいいだろうと思ったのだ。
 それがまさか、こんなところに来ることになろうとは。
 部下の百人と共に直立不動の姿勢を取りつつ、彼女は考える。
 出世しすぎたのがいけなかった。
 そのおかげで、北伐なんかに参加して、こんなだだっ広い草原の中で将軍たちがやってくるのを待つはめになってしまったのだ。

 金城から、約二百五十里。彼女の目の前には、兵たちが相対しているこんもりとした丘以外、茫漠たる草原が広がっている。
 そして、彼女の前後左右には歩兵と騎兵、合わせて数万がびっしりと整列していた。
 彼女たちは待っている。
 ある人物の訪れを。
 着任の遅れていたこの軍の大将、北郷一刀がついに今日、到着するのだ。
 益州出身の彼女に、北郷一刀――天の御遣いに対するいい印象はまるでない。
 魏の種馬、あるいは淫欲の魔王、破倫の暴風、色情の蛮獣。
 天より降ったというその男は、都の処女という処女を捕まえてはその欲望を満たしているともっぱらの噂だった。
 もちろん、それが誇張であろうことは彼女とてわかっている。
 いくらなんでも、魏の政権の中枢近くにいる男がそのようなことをしていて国が治まるわけがない。ましてや、魏の国中の女という女の初夜権を独占し、婚儀の夜には彼の下に通わされるなどという与太話を信じていたりはしない。
 しかし、それでも聞いた話の百分の一、いや、万分の一でも真実であれば、ろくでもない男であることは確実だ。
 そんな男を大将として戴かなければならないことは不幸としか言い様がなかった。だが、同時にそんな男であるならば、この戦での大将の位は箔づけに過ぎないだろうという推測も成り立つ。
 実際の指揮は、趙将軍や魏将軍がしてくださるだろう。
 余計な口出しをせずに、本陣で女でも抱いていてくれれば問題ない。実際、模擬戦の時にも本陣から出てくることはなかったし、特に活躍したとも聞いていない。
 後は儀礼的なことが多少あるくらいだろう。
 そう、こうして到着を待つというような。
 そんなことを漫然と考えていた彼女の耳に、前方でわき起こる歓声が聞こえてきた。
 どうも声を上げているのは騎兵の一団らしい。たしか、あれは華将軍と、呂将軍の……と思っていると、彼らが声を送っている対象が彼女の視界にも入ってきた。
 それは、異様な出で立ちだった。
 ぴかぴかに磨き上げられたいっそ美しいとも言える鎧はいい。馬の全身につけられた鱗のような鎧も、まだわかる。
 しかし、あの背に引いた布はなんだというのだ。
 それは、その場にいる誰もが見たこともない姿であった。肩から流れる布は、数十歩分はあろうか。鮮やかに染め上げられ、筒のようにされた布は、騎馬が走ることで空気の流れを受けて大きく翻る。
 まるで蛇のようにうねる、いや、あれは龍の体だ。
 その背に引いた布が風をはらみ、その騎馬を、まさしく一頭の龍のごとく見せていた。
 そんな龍が三頭、兵たちが揃って注視している丘を駆け下りてくる。
 一つは黄、一つは黒、一つは赤。
 それが母衣という装備だと、そして、最初に現れた三人が、黄母衣衆、黒母衣衆、赤母衣衆と呼ばれるそれぞれ百騎の部隊を率いる隊長たちだと彼女が知るのはもう少し後のことだ。
 勇壮な太鼓の音が、丘の向こうから聞こえてくる。
 そこに現れるのは、三百騎の騎馬。
 同じように母衣を引きつつ、彼らは隊長たちよりもゆっくりと進軍する。その馬の背にくくりつけられた太鼓を寸分の狂いなく合わせて叩きながら。
「これは……」
 思わず漏らした彼女と同様、兵の間でもざわめきが起きていた。

1 2 3 4

第十一回:北方」への2件のフィードバック

  1. 久し振りに斗詩の出番を見た気がする(苦笑)。地味だの普通だ等と言われているけど、なんやかんや出番のある白蓮より出番が少ない様に思われるのが斗詩だと思うのですが……
    他の恋姫SSでも“斗詩の出番が少ない”というある意味白蓮よりも扱いが酷い現実。
    地味目だけど十二分に美少女だし、結婚すれば略間違いなく幸せな家庭を築けること請け合いな娘なのにねぇ……

    毎話チェックしてますが、『仮面ライダー エグゼイド』の出来がいろんな意味で酷すぎる。ヒーロー番組としては最低な部類じゃないかなぁ……

    •  斗詩は良い子すぎるんですよねー。
       あれだけの得物振り回して地味もなにもないとは思いますが、周囲が濃すぎるんでしょうかねw
       斗詩メインの二次創作だといざこざを起こせないというのはありますねw なにがあっても少し話せばすぐに終わりそうですからw

       今年の仮面ライダーはチェックしてないんですが、そんなことになってるんですか……。
       いい作品が出てきてほしいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です