第十回:出陣

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4.北伐

 秋の一日。
 漢の丞相たる曹操は、傲然と配下の前に立っていた。
 傍らには魏軍大将軍、夏侯惇。そして、魏の頭脳の一人、衛尉程昱。
 背後に控えるは、親衛隊長、許緒・典韋。
 そして、居並ぶ兵は三十万。
 百人の部隊が十並び、千人で方陣を組む。
 その方陣が、百集まって、十万。
 その十万が右、中央、左、と三つに分かれ、三十万。
 彼らは固唾を呑んで主の声を待っていた。
 武器を取った曹操は、歩み出でて声を上げる。前置きもなく彼女は言い放った。
「これは、天下を変える戦いである!」
 夏侯惇の合図に、兵たちは一斉に武器を構える。三十万の槍の穂先が、陽光を反射して、あたりを銀の光の海へと沈める。
「天下の帰趨にあらず、天下の意味を変える戦いである。
 天下とは、天の下、遥かに広がる地平のことである!
 そこに、元々境はなかった。しかし、我らは中原と言い、華北と言い、その意味を矮小に貶め続けてきた!
 なぜか!
 我らに力がなかったからだ。この大陸、その全てを包み込む力なく、ただ、北方の騎馬の民の暴虐に震えるしかなかったからだ!
 だが、いまは違う。
 我ら魏は、袁家を滅ぼし、孫呉を倒し、蜀を呑み込んだ。
 この威風を、我らは遥か先まで伝えなくてはならない!
 いまこそ、我らは真の意味で、大陸の守護者たらん!」
 絶が振られる。
 その動きに応じて、三十万の槍が動き、その石突きが、一斉に地を突いた。その鳴動が、砂塵を吹き払う。
「我が愛しき兵たちよ。いま、汝らが立つは過去。これまで築き上げた漢土であり、三国を制した魏の国土である。
 なれど、明日立つ場所こそは未来。
 新しき天の下、遥かなる地平の果てである。
 長城は打ち壊せ。
 砦など焼き払え。
 我ら進む場所は、全て、我らの地となろう。
 そして、我らの地に住む者は、漢人であろうと、昨日の敵であろうと、北の胡族であろうと、全て我が民である。
 汝らは、その国土を守備し、その民を守れ。
 我らは奪いに行くに非ず、これは、和合するための戦である!」
 すう、と彼女は最後に大きく息を吸う。
「今日、この日をもって」
 曹操はその鎌を天高く掲げた。兵たちがあげる雄叫びが、轟々と天地を揺らす。
「地に境はなく、人に別はなし! 天地の最涯てまで進軍せよ!」
 この日、この時、この場所で。
 北伐が、ついに始まる。

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