第九回:子宝

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2.南蛮大王

「美以ちゃんが五人、トラちゃんが三人、ミケちゃんが六人、シャムちゃんが四人の、合計十八人ですねー」
 産室内から現れた風は、彼女にしては珍しく簡素で動きやすい服装で、宝譿も乗せていなかった。
預けていた稟から宝譿を受け取って頭に乗せ直し、位置を調整してから、彼女は、ようやく皆に言葉を発したのだ。
「じゅ、じゅうはち……」
 さすがにその数に圧倒される一刀。喜んでいいのか驚いていいのかよくわからないといった表情で顔が固まっていた。
「へぅ、いっぱい」
「大家族ー」
 月と小蓮が思わず呟くが、その他の数名はあまりの多さに呆気にとられている。
 中でも双子を出産した経験のある冥琳はその人数を産むことを考えて、めまいがするような心持ちだった。
「男女比は、七対十一。そういえば、おにーさんには、初の男の子ですね。いきなりたくさんですけどー」
「あ、ああ。男の子もいるのか」
 なんだかこの世界だと女の子ばっかり生まれるような気がしていた一刀である。
 そりゃあいるよな、男の子、と妙な感慨を持っていたりする。
 その後で、一気に皆からの祝福と歓声を受けて、にやにやとしまりのない笑みを浮かべ続けるのは、しかたのないところであろう。
 風はそんな彼を見上げながら、柔らかな笑みと、ほんの少しの暗い表情を浮かべていた。
 一段落したと見たところで、彼女は再び口を開く。
「ただ……」
 明らかに語調が沈んでいるのを聞きつけ、皆の騒ぎが、潮が引くように収まっていく。
「いま言ったのは無事生まれた子の数です」
 淡々と、風は続ける。
「トラちゃんの子が三人、シャムちゃんと美以ちゃんの子が一人ずつ、死産となりました」
「五人……」
 長い沈黙の後、青ざめた顔で呟いたのは、その父となるはずだった男。
「わかっていると思いますが、これだけの数に抑えられたのは華佗さんや、産婆さんたちの尽力があります」
 美以ちゃんたちががんばったのはもちろんなんですけど、と風は付け加える。
「ああ、そうだな。それに……」
 彼は風の手を取ると、両手で包み込むようにする。
「風の力もだろ。ありがとう」
 頭を下げる一刀。その頭がなかなか上がらないことに、言葉を差し挟む者などいなかった。
「……風はやりたいからやったまでですよー。さ、まずは美以ちゃんたちをねぎらってあげましょー」
「うん、そうだな」
 ようやく上がった顔は、笑みに彩られてはいたが、そこに差す翳に、誰もが気づかずにはいられなかった。

 大人数で入るのはまずかろう、ということでまずは華琳、一刀、稟の三人が産室に足を踏み入れる。ちょうど産婆たちがそれと入れ違いに立ち去っていくところであった。
 その中にいた華佗が、一刀の横を通り過ぎようとするときに、ぽんと彼の肩を叩く。
 二人の男は目線を交わし、強く頷き合ってすれちがった。
 やるべき事を終えた華佗は外へ。これからなすべきことがある一刀は内へ。
 ずらりと並んだ簡易寝台には、何人かずつ赤ん坊が寝かされていた。
 丁寧にくるまれたはずの赤ん坊たちは元気に手足を動かしているせいか、何人かは産着がはだけてしまっている。
 その寝台の間をちょこまかと動いて赤ん坊たちを構っているのは、母親たちの一人、南蛮大王の美以。ぴこぴこと楽しげに頭の上の大きな耳が揺れている。
 部屋の隅を見ると、他の三人の母親は揃って眠っているようだった。ミケ、トラ、シャムの三人は疲れ切ってしまったのだろう。
「おー、兄! 兄と美以の子にゃ! かわいいにゃー」
 一刀たちの入室に気づいた美以が一人の子を抱き上げて、とてとてと走り寄ってくる。柔らかな肉球に挟まれた赤ん坊はむずがゆいのか、まるで猫が顔を洗うように手を動かしていた。
「ああ。かわいいなあ」
 でれっと笑み崩れる一刀。彼は美以に案内されるまま、寝台へと近づいていく。他の者たちはそんな光景をほほえましく眺めていた。
 寝台に寝ている赤ん坊たちを一人一人持ち上げてはもうどうしようもないくらい表情をゆるませる一刀だったが、くるんでいた布がはがれかけている子を何人かなおしてやったところでなにかに気づいたように首を傾げた。
「なあ……ここにいるの、全部美以の子?」
「んにゃ? ええと、この子はトラの子にゃ、こっちはミケの子」
 美以が一刀の横に立って子供たちを抱き上げて確認する。どうも抱くと自分の子供かどうかわかるらしい。
「母親ってすごいのね」
 さっぱり見分けのつかない華琳は感心しきりだ。
「いえ、普通の母親はこんなに産まないですから……」
 稟も実を言うと見分けがつかないので、微妙な表情で応じている。
「でも、その……」
 一刀は一人を持ち上げて、そのつるんとしたお尻を前にしてみせた。そこには、小さいながらも明らかな突起――しっぽがある。
「みんな、耳としっぽがあるんだけど」
 耳はともかくとして、しっぽは美以以外の子にはなかったはずだ、と一刀は記憶を確認する。
 指摘してはいけないだろうと思って黙っているが、耳も美以以外はかぶり物だ。なにしろ、人間耳もあることだし。
 しかし、そこにいる赤ん坊は皆、しっぽを持ち、耳も頭部に大きくせり出した猫の耳の形をしていた。
「赤ん坊の頃は、みんな大きな耳としっぽがついてるにゃ」
 そこで美以は自分のしっぽと耳を大きく動かしてみせる。
「でも、しばらくすると、たいていはしっぽも耳も消えてくにゃ」
「……へぇ……」
「その中で、立派な耳としっぽをずっと持ってるみぃみたいなのが、大王になるにゃ」
 えっへんと胸を張る南蛮大王。
 その胸は授乳のために大きくなっているはずなのだが、それでもなお小さい。あれで大丈夫なのだろうか、と自身も乳の出が悪くて悩んでいる稟は心配してしまう。
「……わかりやすくていいわね」
 華琳が純粋に感心したような顔で言う。
 彼女にしてみれば、天命が見える形で現れるというのは理想なのかもしれなかった。
 一刀は、子供たちの小さなしっぽと耳をいじりながら、もしかしたら、南蛮のみんながかぶり物をしているのは、子供の頃のことを懐かしんでのことなのかもしれないなどと考える。
 確かめる術などない推測ではあるのだが。
 そのうち泣き出す子供が出てくると、ミケたちも起き出して、それぞれの子供の面倒を見始めた。
 赤ん坊の泣き声に反応したのか母乳が出てきたらしい稟も、美以たちに断って幾人かに乳を与えている。
 妊娠状態でも他の母親たちに甘えていた四人がそれなりに母親らしいことをしているのを見ると、やはり母というのはすごいものなのだ、と華琳は感心するのだった。
 一方で父親の一刀の方は、泣き出した子を抱えてわたわたしていたりするのだが。
「ところで、死産の子たちですが」
 胸をしまい、何かを振り払うように首を振って、稟が立ち上がる。
「南蛮ではどうするんでしょうか? おそらく風習が異なるので、そちらに合わせる方がいいかと思いますが。どうですか、一刀殿」
「あ、ああ。そうだな。俺はそれでいいよ」
 美以の抱いていた子をトラに任せ、南蛮での弔い方を尋ねる一刀。
「んー、おっきくなって死んだら、お墓に埋めるんにゃけど、小さい頃に死んだら、竈の近くに埋めるんだじょ」
「竈?」
「そうすると、火の神しゃまが天に連れて行ってくれるにゃ。次に、水の神しゃまが雨にしてくれて、また帰ってくるにゃ」
 美以は手を大きく開き、次いで、下に降りてくる手振りをして説明してみせる。
「帰って来た子は、季節の神しゃまが、またおなかに入れてくれるんにゃ」
 両手を丸出しのおなかに重ね、美以は頭を下げる。
 そして、上がった顔は満面の笑みに彩られていた。その太陽のような明るさに、一刀は何かに気づいたような顔つきになる。
「……城の竈の側に埋めるというのは難しいですね」
「社を建てましょう。そうね、美羽の養蜂場のあたりにでも。そこで火を絶やさずにいれば、代わりになるんじゃない?」
 稟が言うのに、華琳は少し考えて案を出す。彼女が言えば、それはもう決定事項である。
「んー。それでもいいかにゃ。南蛮まで連れてくのは大変だし、兄もこっちにいるしにゃ」
 美以が頷いて、トラたちにも確認して本決まりとなる。
「ありがとう、華琳」
 一刀が深く頭を下げるのに、華琳は一言、うんと答えたきりだった。

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