第九回:子宝

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1.子宝千両

 小さい歌声が保育室を柔らかに包む。
 聞く者の心をゆったりとくつろがせるその歌声は、眠りの国にいる赤ん坊たちをも安心させるのか、三人の赤ん坊はぐずることもなくすやすやと眠っていた。
 千年、阿喜、木犀の子らが寝る寝台の横で歌声を紡いでいるのは、小柄なかわいらしい女性。
 彼女がかつて位人臣を極めた董卓であると聞いて、世の人の何人が信じるだろう。
 それほどまでに淡く儚い印象のある女性であった。
 衣擦れの音がして、月は振り返る。そこにいたのは、彼女と同じようなひらひらした服――『めいど』姿の親友、詠だった。
「詠ちゃん」
 小声で呼びかけると、詠も足音を立てないようにしながら部屋に入ってくる。二人とも子供たちの安眠を邪魔する気はさらさらなかった。
「ようやく時間ができたからね」
 彼女なりのやり方で手伝えなかったことを謝罪する詠に、月は柔らかに微笑んで首を振る。
 最近、詠がなかなか『めいど』仕事を出来ていないのは事実だが、それは他の仕事で忙しいためだ。
「ご主人様のお手伝いって意味では、私も詠ちゃんも同じだよ」
「まあ、そうかも。大小は?」
「冥琳さんにお乳もらってるよ」
 部屋を見回して、その場にいない子供たちを指摘するが、二人は母親と一緒にいるらしい。
「そっか……。それで、あいつ、顔見せた?」
 詠は声を潜めて尋ねる。子供たちの父親のことだと理解して、月はさらに笑みを深くした。
「華琳さんに呼ばれてたから、そこに行く前にね」
「まったく、あいつったら……。って、秋蘭ね」
 苦り切った表情になった詠が、一転納得したような顔になる。
 しかし、それでも怒りのような感情があるらしく、口元はへの字のままだ。
「うん。多分そうだね。やっぱり本人の口から伝えさせてあげたいんだと思うよ」
「華琳はそう考えるでしょうね」
 しかたないか、めでたいことだし、と肩をすくめた後で、彼女はまた顔をしかめる。
「それにしても」
 かわいらしく寝息を立てている赤ん坊たちを見回して、彼女は大げさにため息を吐いてみせた。
「ちょっと子供作りすぎじゃないの。美以たちだって妊娠中なのよ」
 憎々しげに言うその言葉に、月は一瞬呆気にとられ、次いでくすくすと笑みを漏らした。
「おかしい、詠ちゃん」
「え?」
「だって、詠ちゃん待望の曹魏の跡取りだよ?」
「あ……」
 言われて気づいたのか、それとも焦点が最初からそんなところになかったことを見透かされていたのに気づいたか。
 詠の頬に朱が点る。
「秋蘭さんは夏侯の血筋。華琳さんと血の繋がりも深い。でしょう?」
「……うー。そうね。政権安定には一役買うわね」
 赤くなった顔のまま詠は認めるものの、次いで腕をぶんぶんと振りだした。
「で、でも、それとこれとは別で!」
「そうだね、うん」
 詠の慌てぶりに、月は素直に頷く。
 その視線が、『うにゅ』だとか『むあ』だとか呟いている赤ん坊たちの上をさまよった。
 見つめる瞳はどこまでも優しい。そして、赤ん坊を見ている月と赤ん坊たちの両方を眺めている詠の瞳もまた穏やかな光に満ちていた。
「いつか私たちもご主人様の子供ほしいね」
「……たちって、ボクは……」
「ね、詠ちゃん」
 否定しようとする詠に、月は笑いかける。
 その言葉に詠がなんと返事したのか。あるいは、言葉が出なかったのか。
 それは詠と月だけが知っている。

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