第六回:対顔

1 2 3 4

「一刀殿といえばな。ずいぶん熱心に医者を勧められる。少し体調が悪いと、それだけでえらい騒ぎだ」
 冥琳が、沈黙を破ってことさらに明るい声で話し出す。
「どうも、私……それに稟殿かな? この二人は天の国では早死にだったようだな。本人は気づかれずに我々に気を遣っているつもりだろうがな。あまりにわかりやすくて、よく彼女と笑い合っているよ」
「一刀らしいわね。で、実際どうなの?」
「産後でもあり、お互い、華佗にもよく看てもらっているからな。そうそうくたばらんさ。なにより、子供たちもいる」
 たらいに洗濯物を漬け終え、立ち上がり腰を伸ばす冥琳。
 背の高い彼女がやると、それだけで大迫力だが、呉時代の露出の多い格好に比べるとだいぶおとなしく見える。
 まあ、こっちは涼しいから、これも着ていられるわよね、と雪蓮は自分の同じ格好を見下ろして思う。
「それに、生前に葬儀を行うと、長生きできるらしいぞ? 私もお前もそうなるかな?」
「さーて、どうかしらねー。ま、戦で死ぬならともかく、病でころっと逝っちゃうのは勘弁かもね。あー、でも、戦場で死ぬのも時機が悪いとたまらないわよね。母様とか」
「また文台様に叱られるような……」
 やれやれ、と手を顔にやってから、かけていない眼鏡に触れるように手を動かしてしまったことに冥琳は苦笑する。
 彼女の鬼面には眼鏡と同等の機構が組み込まれているので最近は私室でしか眼鏡をかけていない。
 だが、長年の癖というのはなかなか抜けてくれないようだった。
「んー、でもねー。まずは祭より長生きが目標かなー。さすがにあれに何度も悲しい思いさせたくないじゃない」
「あの方は……出来れば、お酒を控えていただければ……」
「無理無理。酒と戦を祭から奪うなんて。北伐も楽しんでやってるみたいだし」
「まったく、そうやって私に気苦労をかけるから、一刀殿が……」
「冥琳は気にしすぎなのよ」
 そんな風に二人が言い合っていると、近づいてくる一団がある。
 翡翠色の髪をした勝ち気そうな少女と、赤髪の柔らかな印象の女性、それにまとわりつくようにじゃれついている小柄な少女。
 詠、恋、音々音というかつての董卓軍の中核三人がそこにいた。
「……あんたら、いつ見てもすごい格好ね」
 詠が二人の姿を上から下まで眺めた後で評する。
「そーお?」
「鬼の面をつけて、『めいど』服着た、大鴻臚付きの侍女ってもう怪しさ満点でしょ」
 詠の言うことも尤もだ。
 鬼面だけでも目立つのに、黒基調の『めいど』服となれば、目を惹かないわけにはいかない。
 とはいえ、洛陽城内の人間は、そういった奇抜なものにももう慣れきっていたのだが。
「『めいど』はそっちが先輩でしょー」
「ま、まあ、そうだけど」
「今日はその格好からすると、軍師の仕事かな?」
 冥琳の言葉の通り、今日の詠は軍師の服装だ。
 実際には冥琳たちが来てから、詠が『めいど』姿をしているのを見ることはほとんどなかった。
「どうかしら。両方? 後を任せるのに相談したくて」
「恋の……家族の世話、月だけじゃ大変」
「恋殿の邸にいる動物たちの世話が、餌やりだけでかなりの量になって大変なのですよ」
 それまで黙っていた恋が口を開くのに、すかさずねねが補足する。
「ははぁ」
 雪蓮たちも恋が多数の動物を飼っている……というよりは一緒に暮らしているのは成都時代の経験からわかっていた。
 恋とねねが北伐に出ている間、その面倒は誰かが見なければならない。それを細身の月一人にやらせるというのは無理があるのだろう。
「流琉に頼む予定だったですが……」
「守将が秋蘭に代わったでしょ? で、秋蘭はたくさん猫を飼っているし、その点は安心なんだけど、妊娠中だから、動物の側にいかせるのはあまりどうかと思うのよ」
「……困った」
 話の流れとして、自分たちに頼みたいのだろう。
 それはわかりつつ、雪蓮は確認する。
「で、どれくらいいるの?」
「ええと、猫が三十二匹。これは秋蘭の分も入ってますね。あとは犬が九匹。これはセキトと張々を連れて行くからです。それに鳩が十二羽、蜥蜴が三匹、大蛇が一匹」
「はあ?」
 犬猫が多いのは覚悟していたが、さすがに大蛇と言われると驚いてしまう。
「珍しい、蛇」
「どこぞの商家の主が自慢するために飼ってたのはいいけど、大きくなりすぎて始末に困って処分するって話があってね。恋がひきとってきたの」
「他も似たような経緯ですかね。蜥蜴もかなり大きいです」
 白と黒。二つの鬼の面が目配せを交わし合う。
 大蛇や大蜥蜴に畏縮するわけではないが、任せておけと気楽に言えるものでもない。
「まあ、蛇や蜥蜴なんてかわいいほうよ。人間だってお構いなしに拾ってくるんだし」
「それは……いいのか?」
 詠の発言に、さすがに目を白黒させる冥琳。
「まあ、本人がいいみたいだし、いいんじゃないかしら? ねえ、ねね」
「ふふん。ねねは恋殿に見いだされたですよ。それを誇る以外のなにが必要ですか」
 どうやら、実例がすぐそこにいたらしい。
「で、まあ、あんたたちにも手伝ってほしいってことなんだけどね」
 詠の申し出に、少し考えて、冥琳は矢継ぎ早に質問する。
「厠のしつけはしてあるのか? 食事は日に何度? 蛇や蜥蜴はなにか特別な世話はいるのか?」
 それに一つ一つねねが答えている横で、雪蓮がぴっと指を立ててみせた。
「一つ条件があるわ。周々を恋の邸の庭で放していい?」
「お前は……小蓮様を巻き込むつもりか。いまは立場というものが……」
 きつい声で言う冥琳を引っ張り寄せ、耳打ちする雪蓮。
「あの娘、最近なかなか強くなってるでしょ。母様直伝の技をいくつか仕込んでやりたいのよ。こっちにいるうちに」
「ああ……。城内ではまずいということか」
「そそ。ちょうどいいんじゃない?」
 渋々ながらも同意の印に頷く冥琳。雪蓮は、そんな盟友から体を離し、恋たちのほうへ視線を戻す。
「で、どうかしら?」
 雪蓮の問いに、ねねと恋は顔を合わせていたが、二人共に頷く。
「……ん、あの子ならいい」
「周々なら、他の猫や犬をからかったりはしなさそうなので大丈夫でしょう」
「それなら引き受けるわ。細かいことは忘れるといけないから竹簡にまとめておいてね」
「よかったわ。ありがとう。月にも話しておくわね」
 詠がほっとしたように笑みを浮かべる。
 それにひらひらと手を振って応じてから、雪蓮たちは洗い物に戻る。
 その横で、詠たちは北伐の打ち合わせをしながら、またどこかへ歩み去っていった。
 そうして、静けさの戻った庭で、雪蓮は再び洗濯機をぐるぐると回し始めるのだった。
「平和ねー」
 かつて江東の小覇王と呼ばれた女性は、ため息を吐くように呟く。
 それを聞く友の頬には、はっきりと笑みが刻まれていた。
 実に温かく、優しい笑みが。

1 2 3 4

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です