第五回:謀事

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 夢中で幾度もお互いをむさぼり合い、気づいてみれば、すでに日は暮れかけていた。しかたないので池でもう一度汗を流し、絶影も洗ってやった後で野営を始める。
 焚き火で焼き上げた馬の肉を塩につけて食べつつ、荷物を枕にねそべって酒杯を傾けている霞を見る一刀。彼の手は腹をさすり、その具合を確認していた。
「これ、俺たちで喰いきれるかな?」
「んー。まあ、今日明日くらいは普通に食べるとして、その後は保存を考えなあかんなあ。まだ暑いし、こっから先は余計暑なるやろし」
 暦の上では秋に入ったとはいえ、まだまだ暑さは頂点を極めたとは言えず、江東の地ではなおさらにそれは激しいものとなっていた。
 二人が日暮れ近くまで肌寒さを感じなかったのは、お互いの肌の熱を感じていた以上に、周囲のそんな環境が影響していたと言っていい。
 だから、きちんと処理をしなければ、建業に至るまでに腐ってしまうだろうことは容易に想像できた。
「数日で江水も越えるだろうし、その後は大使館で塩漬けにでもすればいいんだけどな」
 現状では調味料に使う分はあっても、肉全体を包み込むほどの塩は手元になかった。
「それまでに傷んでもうたらかなわんしなあ……。慣れん土地で中るんは勘弁や」
 それから彼女はぼんやりと周囲を見回し、しばらく先に、大半が藪で隠れている倒木があることに気づいた。
「せや、ええこと思いついた。明日やってみよ」

「北郷たちはまだか……」
 江水に浮かぶ船の上で、思春は飽きることなく北方を見据えていた。
 すでに華琳たちを囲んでいた軍が潰滅したことは早馬の報せで知っている。それを受けて明命率いる陸上部隊は引かせたものの、水上の部隊はいまだ警戒態勢を保っていた。
 叛乱後の混乱収拾のために洛陽に戻る曹操に代わって葬儀に訪れるはずの北郷一刀たちを出迎える任がまだ残っていたからだ。
 謀反の残党が手を出す危険は低いとはいえ警戒するにこしたことはない。なにしろ、こちらは招いた側なのだ。
 そんなわけで、彼女はこのところずっと江水を行き来しつつ異変がないか、客の到来の予兆がないかと探っていたのだ。
「なんだ、あれは」
 そんな彼女の目に、もくもくと上がる煙が見えた。岸からほど近い森の中央付近、大量の煙が煙突から吹き上がるようにして空に昇っていく。
 尋常ではない。思春はそう判断した。
 森の中の焚き火程度なら、木々の葉で紛れる。あれほどの煙を吐くわけがない。
「兵を集めよ」
 思春は手近にいた武官に命を下す。命令を受けた男は、緊張の色を表情に乗せて答えた。
「しかし、北岸は魏領……」
「少人数での偵察だ。沿岸の治安維持のためなら、それくらいは通る。そうだな、十五人見繕え。私が直に率いる」
「はっ」
 武官は命を果たそうと兵達の中でも精鋭を呼びに走る。彼の気配が遠ざかるのを感じつつ、思春は独りごちた。
「火事程度ならよいがな……」

 最精鋭の十五人と呉の勇将甘寧が最大の警戒をもって切り込んだ先では、女性と男性一人ずつが、木々を削ったかけらを盛大に燃やして、木造の煙突のようなものの中に煙を送り込んでいた。
 おそらく、その煙突は、内部の柔らかな部分が腐れ落ちたか虫たちに喰われたかした倒木の固い樹皮だけが残り円筒となったのを、さらに加工したものだろう。それを大樹にたてかけて、下から火であぶっているというわけだ。
 その見覚えのある二人に思春は声を押し殺して問いかける。
「……なにを、している」
「あー、一刀の馬がいかれてもうてな。肉を燻煙しとるんよー」
 あっけらかんと答える霞の声に、ひくひくと震える思春の頬。
「……即刻止めろ。煙が十里先からでも見えるぞ」
「これ、せっかく作ったんだけどなあ。ここに肉がつるしてあって、熱をこっちの枝の跡から分散させて、布を通って綺麗になった煙だけが直に……」
 構造を解説し始める北郷一刀に大刀を突きつけて黙らせ、彼女は天を仰いだ。
「ああ、もう、まったく」

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