第四回:辺土

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2.軍議

「謀反!?」
 北伐では補給を担当する右軍の大将である凪の持ってきた報せを聞いて上がった第一声は、揃ってそんなものだった。
 居並ぶのは馬超を筆頭に、馬岱、黄権、趙雲、魏延、公孫賛、袁紹、顔良、文醜という将軍勢。
 そうそうたる面々である。このような者たちが集まって一軍をなすことがあるなど、誰が考えたことがあったろう。
 正直なところ、どこかまとまりを欠く構成であった。
「は、司馬氏を中心に孔融がそれに参加しているとのことでした」
 凪は淡々と報告を続ける。
「前の呉王の葬儀に向かっていた、曹丞相、北郷将軍が巻き込まれ、謀反の軍に囲まれている……ということなのですが」
 そこで彼女は生真面目な顔を曇らせる。
「ただ、なぜかその場には張将軍と呂将軍がおられるという話でして……」
「えぇっ。霞と恋は華雄と一緒に長安にいるんじゃなかったのかよ」
「うわあ……。敵の兵士さんかわいそー」
 従姉妹二人が放った反応は対照的だ。彼女たちの言葉に続いて、場は騒然となった。
 次々に発言が入り乱れ、将たちはそれぞれの思惑でその場を取り仕切ろうとし始める。
「ま、まずは一刀殿たちの無事を確認するために、いったん兵を南に……」
「しかし、北伐で中央が手薄になっているとはいえ、謀反を起こすなど……」
「司馬氏の根拠地は河内か。あまりに洛陽に近いな、無視するわけにもいかないか」
「我々がどうこういう話ではなかろう。これは魏の内部の問題なのだから」
「いや、曹操殿が丞相であることを忘れては……」
 意外にも、その喧噪を破ったのは、くるくるとまるまった膨大な金髪をふりたてる袁紹こと麗羽の声であった。
「皆さん、騒ぎすぎですわ。落ち着かれたらいかが?」
 あまりに予想外な発言に全員が唖然とする中、それまで黙って腕を組んでいた黄権――祭が顔を上げた。
 鬼面の奥で楽しそうにきらきらと目が輝いている。
「ほう、袁紹殿は率先して騒ぎ立てるものかと思ったが。意外じゃな」
「当たり前ですわ。華琳さんと我が君が一緒に居て、何事か起こるわけがありませんもの。皆さんが心配するまでもなく、無事に決まっておりますわ」
 それが天地の理というものですわ、と言い放ち高笑いを決める麗羽の姿はあまりに傲然としていて、言葉を挟める者がいない。
 ただ二人、祭と星だけが何事か感心したように微笑んでいた。
「そ、そうだな。まずは落ち着こう」
 土地柄、現状のとりまとめ役ということになっている翠の言葉で、固まっていた一同は皆座り直したり、背筋を伸ばしたりして仕切り直しという態勢になる。
「お姉様が一番動揺してた気もするけど……」
「う、うるさい。混ぜっ返すな。えっと、それで、叛乱に対してはどう動いているんだ?」
「すでに秋蘭様の部隊と親衛隊が華琳様救出と司馬氏の本拠地に向かっております」
「しかし、それでは洛陽が手薄にならんかの?」
 一度軍議が形になれば、歴戦の将ばかりなだけにその進行は円滑なものであった。先ほどのように一度に発言するでもなく、会話がつながっていく。
「そこは我々北伐右軍のうち、中央軍の補給担当部隊が北上をしばし止めて洛陽内外に留まっておりますので。沙和も洛陽近くの街道沿いにおりますし」
「こちらの進軍のほうはどうなる? 皆が無事だったとしても、北郷が来るのが遅れるとなれば、予定にも影響するんじゃないか?」
「んー、でも、いまそれを言ってもねえ」
「まあ、焔耶の言うこともわかるけどな。あたしらとしてはそのあたり気にせずにはいられないしさ」
「細かいところは私にはわかりませんが、いまのところ、左軍は予定通り周辺地域の安定化と、進軍予定地域の情報収集を進めるように、とのことでした」
 現実的には金城に兵が駐屯しはじめた時から、左軍地域の北伐は始まっていると言えた。最高司令官の遅参は大きな問題ではあるが、一時のことであれば、それを補えないわけではない。
「もし北郷殿の着陣が遅れても滞りなく進めるよう、準備万端にしておけということですかな」
「そうじゃな。進軍地域には翠殿の顔なじみもおることじゃし、敵対するにせよ融和するにせよ、そちらに連絡をとってもろうたり、やることはいくらでもあるからの」
「んーと、じゃあ、まずは武威あたりまでの諸勢力の鎮圧と取り込みに関して考えて実行しておくというのは?」
 白蓮が至極まっとうな案を提言する。
 彼女は一勢力を率いたことがあるだけあって、なにかをまとめる能力は他の者たちより優れていた。
 ただ、それは動きが中途半端になるという弱点にもつながっているのだが。
「妥当な案ですな。つまらないですが」
 それを突くのは以前は彼女の客将をしていたこともある星だ。
「つ、つまらないとか言うなよ。戦ってのはこういう地味な積み重ねがだなあ……」
 間にかけあいと脱線を挟みながら、そうして軍議は続いていくのだった。

 軍議が終わり、皆が退出したあとでも、麗羽、斗詩、猪々子という袁家の三人組は居残ってお茶とお菓子を楽しんでいた。
「麗羽様、本当に落ち着いてましたねー」
 何杯目かの茶を淹れながら、斗詩が感心したように会議を振り返る。
「おーほっほっほっほ。これが貴人の余裕というものですのよ、斗詩さん」
 それから麗羽は少し考えるように腕を組んだ。
「まあ、それでも、さすがに沮授さんからの報せがなければ心動かしてしまっていたかもしれませんわね」
「そうですねー。最初聞いたときはびっくりしましたけど」
「でも、アニキのところの軍師が噛んでるなら、あたいらがどうこう言ってもなー」
 沮授は今回の叛乱と、その裏に賈駆の策が絡んでいることをどこからかつかみ、かつての主、麗羽に知らせてきていた。麗羽は軍議の面々の中で、最も叛乱に関して情報を得ていたと言えよう。
「沮授さんや田豊さんたら、袁家が傾いた途端姿を消したことを恥じているのか、どうでもいいことまでいちいち報告してきて少々うっとうしいと思っていましたけれど、役に立つこともありますのね」
「でも……あんまりやりすぎると、沮授さんたちの立場どころか、姫の立場が……。いまは一刀さんの部下なんですし」
 茶杯を配りながら、斗詩がおずおずと口にする。
「んー。それなら、いっそアニキにはっきり断っておけばいいんじゃない? 誤解されないように。あと曹操さんとかに?」
「そうですわね。我が君にお会いしましたら、お話ししておくことにしましょう。あまり気になさるとも思えませんけど」
 斗詩も麗羽の言うとおり、一刀や華琳が気にするだろうとは思っていない。しかし、その部下の人間までもそうとは限らない。
 袁家の名前や、かつての領土の広さを考えると、いまの立場ではあまり目立たないにこしたことはないのだ。
「でも……アニキ、心配だなあ」
 なんとはなしに沈黙が続いた後で、ぽつり、と猪々子が呟く。
「猪々子さん」
「だめだよ、文ちゃん。みんなそう思っても押し殺してるんだから。それに……一刀さんだもん。大丈夫」
 注意する二人に、むーと不平の声を漏らしていた猪々子だったが、すぐにからりと笑う。切り替えが早いのは彼女のいいところであった。
「まあ、そっか。あんまり口にしてもいけないよな。さって、兵の様子でも見てくるかなー。行こうぜ、斗詩」
「あ、うん。じゃあ、麗羽様。行ってきます」
「はいはい。せいぜい袁家の名を辱めぬようがんばっていらっしゃい。おーっほっほっほっほ」
 二人が去り、ぽつんと取り残される麗羽。
 そこにいてもしょうがないので、一人、自分たちの部屋に戻ってみるものの、やることがあるわけでもない。いや、実際には仕事があるのだが、そのほとんどを斗詩に任せているので彼女自身の意識にはないのだ。
「……暇ですわね」
 特にあてもなく部屋の中を歩き回るうち、彼女の目が一つの袋にとまる。
「我が君に頂いたこれで遊びましょうか」
 ばらばらと袋から卓に落とされたそれは、一刀がかつて彼女たちに贈った玩具だ。木片を同じ大きさに切って、丁寧に面取りし、荒い布で削り磨いた直方体の群れは、『慈圓画(じぇんが)』とかいう天の国の遊びのためのもの。
 彼女は丁寧にそれを積み上げて塔を作り上げると、子細に観察して、一つ一つ直方体を抜き取っていく。
「よっ、はっ。お、これですわね」
 うまく抜き取り、さらに高く積み上げられていた塔は、しかし、不用意な接触でばたり、と卓の上に倒れてしまう。抜き取った直方体の一つを手に持ったまま、麗羽は一つ大きなため息を吐く。
 体を丸め、両手で木片を包み、口元にあてる。
 嗚咽が、漏れないように。
「我が……君……」
 北の地に、叛乱軍潰滅、曹操、北郷共に無事の報がもたらされるには、まだ半月以上の時を必要としていた。

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