第四回:辺土

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 彼女はずっとその服と対峙していた。
 手に持って眺め、壁からつるしては眺め、細い衝立にひっかけて、自分と同じ高さにしてみたりもしてみた。
 その服は、黒を主として白の帯を随所に入れた、華やかなものだった。
 様々な装飾のために派手ではあったが、全体のまとまりがあるために、下品な印象に落ちることなく落ち着いている。
 各所に飾り紐や、花をあしらったと思われる意匠がちりばめられていて、目を凝らせば凝らすほど、その服にかけられた手間と、作り手の愛情が感じられた。
 もちろん、それが『ゴスロリ』と言われる様式であることなど、この世界の人間である彼女は知るよしもない。
 ただ、彼女の美的感覚からいってもそれは好ましいものだった。
 端的に言うと、かわいらしい。だが、かわいすぎる。
 単品ならばいいのだ。こうして眺めていても悪くない。
 だが、これを自分が着るとなれば、話は変わってくる。
 しかし、こうして贈られてきた以上、これを自分に着てほしいということなのだろうし、といってどこに着ていくというのだ。いや、そもそも誰に見せる? 
 い、いやいや、違うぞ。別に誰に見せなくたって……。
 そんな思考の渦にはまり込んでいたからだろう。
 彼女はもう一人の人物が部屋に入ってきたのに気づかなかった。
「あー、お姉様! それなあに?」
「うわあっ」
 かけられた声に驚いて、手に持っていた服を取り落としそうになり、慌てて拾い上げてぎゅっと抱きしめるようにしたのは、栗色の髪の快活そうな女性、錦馬超こと翠だ。
「た、蒲公英にも贈られて来たろう。一刀殿からの服だよ」
 声をかけられ、手を口にあててその影でにやりと笑ったのは、翠の従姉妹でもある馬岱――蒲公英。
 こちらは快活を通り越して、元気が有り余っている印象があった。
「うふ、知ってる。戦勝を祈って、戦勝祝いを先渡しでくれたやつねー。かわいいよねー。あ、ちなみにたんぽぽは白で、お姉様と対になってる感じだよー」
 血縁と言うこともあって、蒲公英と翠はよく似ていた。
 体は蒲公英のほうがまだ小さいが、たしかに対になるような服も着られるだろうことは容易に想像できた。
「着てみた?」
「あ、あたしには似合わないよ」
「えー。でも一刀兄様は似合うと思って贈ってくれたんじゃないかなあ?」
 顔を真っ赤にして否定する従姉を、蒲公英はにやにやしながら焚きつける。
 実際、蒲公英自身着てみるまではただかわいい服とだけ思っていたものの、着てみれば縫製はたしかで着心地もいい。
 なにより、鏡に映してみれば、まさに自分のために作られたとわかるものだった。
 装飾が多いわりに肩は出ていたり、動きやすさに気を遣っているのも好印象だ。さすがにそれで戦闘をしろというのは勘弁してほしかったけれど。
「そ、そうかもしれないけど……」
「一刀兄様、さすがいっぱい恋人がいるだけあって、服とかそういうの見る目あると思うなー」
「……それ、褒めてるのか?」
「え、そりゃそうだよ。一人一人、それぞれに合う意匠を考えてるんだって。すごいよね」
 蒲公英の賛辞に、聞いている翠のほうは少々あきれ顔だ。
「まあ、最初に着るのは一刀兄様がこっちについてからのほうがいいかも。ちょっと遅れるみたいだし」
「遅れる?」
「あー、うん。凪さんが着いてね。なんか大事が起きたらしいよ」
 あっけらかんと言う蒲公英に対して、翠の顔からは血の気が引く。
「そ、それを早く言え。将を招集して、軍議するぞ」
「もう準備してるよー。あとはお姉様がいくだけ。いまのところうちが実質的な責任者なんだし、最後に行くようにしないと他の人が困るでしょ」
「そ、それはそうかもしれんが。 ……ともかく、行くぞ」
 翠は服を椅子に放り投げて、蒲公英をひっつかむようにして部屋を出て行く。
 だが、無人となった部屋に、しばらくの後、一人の人物が戻ってきた。
 戻ってきた人影は、丁寧に服を畳んで梱包すると、しばらくそれを持ったまま部屋の中をうろうろしていたが、外から彼女を呼ぶ声がかかるに至って、慌てたように行軍用の荷物の中にそれをねじこんで部屋を出て行くのだった。

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