第二回:修羅

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1.愁眉

 恋の部隊の凄まじい戦いぶりを見ながら、馬上の華琳は小さく呟く。
「霞はもちろんだけど、くじを引いたのが恋でよかったわね」
 宙高く舞う完全武装の兵士の姿などというものは、なかなか見られるものではない。
 周囲の兵は警戒に夢中で見えていないだろうが、彼女の目はしっかりとその光景を捉えていた。
「華雄や祭じゃだめだったって?」
 同じく隣で馬に乗ってその様を眺めている男――北郷一刀が尋ねる。泰然とした面持ちの華琳に比べて、こちらは緊張からか顔が青ざめている。
 彼女たちを囲む隊は、歩兵中心の部隊としてもゆっくりと進軍している。
 敵方も城からの援護が届く範囲であえて攻めようとはせず、つっこんできている呂布隊や張遼隊の対処にかかっていた。
 おそらく、大将首である自分を始末するのは本陣の仕事だとでも思っているのだろう。
 華琳は軽侮の念を込めながら推察する。
 数で言えばあちらが絶対的に優勢。それにあぐらをかかず、この部隊に集中して攻め寄せていれば、この首を獲ることも出来たろうに。
 だが、もちろん、相手がそんな苛烈な攻めをしてこないだろうと読んでいたからこそ彼女もここに出張ってきているのだ。
「いいえ。もちろん、あの二人も良き将ですもの。彼女たちなりの働きをさせればすばらしく役に立ったでしょう。けれど、いま、敵を怯えさせるには霞と恋のほうが向いてるってことよ」
 そもそも、あの二人が来ていたら別の作戦を考えていただろう。
 華琳は口の中だけでそう呟く。
 単純に怯えさせるより、戦術的に脅かすほうへ考えを傾けていたはずだ。
「ふうむ」
「華雄は……言うなれば正確な強さでしょう? それは凄まじいことだけれど、獣のような強さを持つ恋と比べると玄人受けする類のものとも言える。それだけに敵の素人集団には恐怖より呆然とした心情を呼び起こしてしまう」
 自分ですら必死で追わなければ目にとめることが出来ない武器の動きなど、兵には何が起きたかわからないだろう。
 わからないということはたしかに恐怖であるが、それを認識すら出来ないでは、あまり効果がない。
「一方で祭は、ああして真っ直ぐにぶつけるにはもったいない。私より戦の経験があるんですもの。そんな文字通りの百戦錬磨の猛将を、ただぶつけるだけではね。もちろん、そうするしかない局面ならばそう使うけど、いまは撤退戦や総力戦ではないし」
「うってつけってことか」
 納得するように言ってから、一刀はなんとも言えない複雑な表情を浮かべてみせる。
「ちょっとかわいそうな気はするけどな……」
「そうかしら? 恋だって、兵が恐れて逃げてくれればそのほうがいいと思うんじゃない? 優しい子だもの」
 その言葉に一瞬考え込むようにうつむき、うん、と一つ頷く一刀。
「それもそうか。で、この軍は真っ直ぐ進むだけでいいのか?」
「ええ。……いまはね」
「わかった。俺は後ろを見てくる」
 一刀が馬首を返す。
 昔に比べればだいぶましになったけれど、まだ歴戦の将とは言いがたいわね。
 華琳はその動作を見て嘆息した。
 だが、そんな感慨は一瞬で振り捨てて、彼女は前を向き直る。
「それにしても……」
 恋は問題ない。
 無茶をやっているように見えても、親衛隊を損なうような局面には連れて行こうとしていない。
 ここで大事なのは敵を崩すことであると同時に、華琳がいる本陣を潰さないことだ。彼女はそれにも配慮して動き回っている。
 いや、恋にとっては一刀がいる本陣だろう。
「霞のほうは、突出しすぎだけど……いえ、自分の隊を誇っているのか……」
 霞は霞で無茶をしているが、それは命じたことでもある。だが、それ以上の熱気があの攻め手にあるような気がして、少しだけひっかかった。
 とはいえ、戦場では猛るのが当然。
 そして、その勢いこそが勝利を呼び込みもする。現時点で霞の部隊を止めるいわれはどこにもないはずだった。
 それでも。
 彼女はなにかどこか気にしていた。

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第二回:修羅」への2件のフィードバック

  1. 修羅か・・・そう聞くと一つの世界を壺毒に見立てて造り出された悪魔、人修羅を思い出すなぁ

    •  修羅を生み出してしまうような状況はあまりいいものとは思えないのですが、それでも、どうしても生まれてしまうのでしょうなあ。

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