みなみのくにのちっちゃなおうさま

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9.おとぎの国よ永遠なれ

「戦うしかないか」
 大きな象の背中に美以と一緒に乗り込みながら、俺は暗い顔をしていた。幸い、皆が乗れるだけの象がいるために、すぐさま兵たちと直に切り結ぶというような事態はあまり考えにくい。問題は象を操っている間に勝負を決められるかどうかだ。
「まさか最後までもつれこむとは思いませんでしたねえ……」
 隣の象にいる七乃もまた暗い顔つきだ。彼女としては、その悪知恵を生かすまでもなく、美以たちが罠にひっかかるのでどうしようもなかったというところだろう。
 ただ、なぜか美羽まで一緒に乗り込んでいるのがよくわからない。避難していてほしいところだが、七乃にしてみれば、手元に置いておくほうが守りやすいのだろう。
「落ち込んでる場合じゃないにょ! 気合い入れるにゃ!」
「そうじゃ、七乃。暗い顔をするでないぞ! さくっと勝ってしまえばよいのじゃ!」
 美以と美羽の揃っての励ましで笑みを取り戻したところへ声をかけたのは、華雄だった。
「張勳」
 たった一頭手に入った馬に乗り、彼女は愛用の金剛爆斧を肩に担ぎながら、そう呼びかける。
「考えてみろ。あやつらとて、最後までもつれ込むとは思っていなかったはず。さらに言えば、勝負の続きと承知しているはず。ならば、殲滅などはあり得ない。我らはほんの少し有利になればいい。違うか?」
「……たしかに」
 その言い分は尤もなのだろう。七乃はいつも通りの軽い調子で小さく笑った。
「華雄さんに慰められるとは思ってもみませんでしたよ」
 ふん、と華雄は鼻を鳴らす。
「ま、私は勝利を目指させてもらうがな」
 黒豹の毛皮を被り直し、彼女は戦斧を振りかざす。その様子に、俺は少しだけ安心した。
「あにしゃまー」
「だいおー」
 ミケ、トラ、シャムをのせた象が、大地を揺るがしながら近づいてくる。
「シャムがなんかお話したいってー」
「呼んでるにゃー」
「うにゃ?」
 美以が華雄と七乃のほうを見ると、彼女たちは揃って頷く。
「しばらくは大丈夫だ。話してこい」
 その声に、美以が足元の象の頭をぽんぽんと叩くと、それに応じて俺たちの下にいる象が動き出す。その揺れに振り落とされないようにしながら、俺たちとミケたちは共に端に寄っていった。
「なんにゃ?」
「あのにゃ」
 口を開こうとしたミケを、トラが横から小突いて止める。シャムはなんだかいつものように眠い様子ではなく、照れたような顔でうつむいていた。
 そして、いつもと違う意味でほんのわずかに口ごもり、こう言った。
「……にい様の子供が出来たにゃ」
 お腹に手を置きながら、そう、彼女は言うのだった。
「……よしっ」
 思わず大きく腕を振りながら、そう呟いてしまった。だが、そんな俺の様子に、美以もミケもトラも、そして、シャムも嬉しそうに笑うばかり。
 南蛮の大王はとびきりの笑顔を俺たちに向けて、こう告げた。
「ミケ、トラ、こっちに移るにゃ。兄はそっちにゃ」
「え?」
「わかったにゃー!」
「わかったにょー!」
 あっという間にミケたちはぴょんとこちらに飛び乗り、そして、俺を二人で持ち上げて、ぽいと投げた。
「うわっ」
 俺は勢いよく象の固い背中に落ち、慌ててしがみつく。シャムが優しくそのぷにぷにの手を貸してくれて、俺は象の背に座ることが出来た。
「兄」
「ん」
 真剣な顔で美以が話しかけてくる。彼女は大きく手を広げて、自らの言葉をさらに明確にしながらはっきりと言った。
「兄が来てくれて、美以たちはほんとーっに嬉しかったにゃ!」
「ミケもにゃーっ!」
「トラも、トラもー!」
 三人が言うのに、俺の前に座った小さな女の子がぽつりと言う。
「……シャムもにゃ」
「俺も、ここに来て良かったよ」
 いくつもの笑みに向けて、俺も負けじと微笑む。
 俺がこの地で過ごした、全ての日々をそこに込めて。
「良かったにゃ」
 彼女は頷く。南蛮のちっちゃなおうさまは、その時無心に嬉しそうであった。
 もはや、俺たちに言葉は必要なかった。
「行くぞ! この突撃で、全てを決めよう!」
 場所に戻ると、俺が象を移っていることに誰も触れることもなく、黒豹将軍華雄がその得物を掲げる。
「にゃーっ」
 大地をどよもす、柔らかで、明るい声が応じた。これから戦に出るとは思えないような。遠乗りでもするかのような、明るく、そして、ただひたすらに前を進む意思だけの込められた声が。
「全軍……」
 突撃、と華雄の金剛爆斧が振り下ろされんとした、その時であった。
「なんじゃ、あれは!」
 俺たちの右前方、つまりは東の方角に膨大な土煙が挙がったのは。
「軍にゃ!」
「どこの軍だ!」
「旗は周!」
「周瑜さんじゃない……。となると、あれは!」
 いくつもの声が行き交い、そして、その正体が明らかになる。
「その戦、待った! この周泰が預かるのです!」
 必死で駆ける馬をさらに駆り立てながら、黒髪の少女が一軍を引き連れて俺たちと蜀の軍の間に走り込んで来たのだった。

 結局、南方に伝承として伝えられてきたお猫様の国とやら――間違いなく美以たちのことだ――を探しに来た呉の将、明命のとりなしによって、蜀との間には和義がなった。
 友好国である呉の将に『お猫様の国を攻めるというなら、私が一命をとしても!』とまですごまれたら、蜀にしてもどうしようもなかったろう。
 さらに、明命の尽力もあり、蜀と呉、そして、美以たち南蛮の間で不可侵条約が結ばれ、お互いの領分を侵さないことと取り決められた。そして、蜀の南方、南蛮との境には華雄の昔なじみたち、月、詠、恋、ねね、すなわち、実は生きていたらしいあの董卓と、賈駆、呂布、陳宮が城を構え、南方の防護を受け持つこととなったのだ。
 その後も、美羽の親戚の麗羽とおつきの斗詩、猪々子が迷い込んできて、南蛮一帯に華麗にして優美な世界が展開されたり、旅芸人の三姉妹が各地でみんなの目と耳を楽しませたり、蜀や呉との交易が定期的に行われるようになったり、それらの交流の使者と称して明命がこの土地に入り浸っては恍惚としていたり、と色々あったけど、まあ、それはまた別の話だ。
 ともかく、俺たちは元気に仲良く暮らしている。
 だって、おとぎ話は、こう終わらなきゃしまらないだろ?
 
 こうして、みんなは、幸せに暮らしましたとさ。
 いつまでも。
 いつまでも。
 
 めでたしめでたし。

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