みなみのくにのちっちゃなおうさま

1 2 3 4 5 6 7 8 9

 

6.おとぎの国の日常

 金糸に彩られた派手な着物と、それに負けないくらい美しい黄金の髪を揺らす女の子が、ひらひらと踊るようにはしゃぎまわる。その様子はまるで熱帯の蝶のようだ。その蝶をおいかけるように戯れるのは、しなやかに動く体の上で猫耳を揺らす少女たち。
 袁術と美以たちが遊んでいるそんな光景をご満悦の表情で眺めているのは、袁術と一緒に森にやってきた張勳。彼女たちは蜀に追われて虜囚の身になっていたらしい。それが俺たちにさらに捕虜にされていたわけだ。
「楽しそうだね」
 大木の幹にもたれている彼女の横に座り込みながら声をかける。彼女は視線を逸らすことなく、にこにこと機嫌よさげに頷いてみせた。
「ですねー。お嬢様ったら本当になじんじゃって」
 美以たちの笑い声が、ひときわ大きくなる。なにやらトラがおかしなことをしでかしたらしい。
 彼女の言うとおり、北からやってきた名家のお嬢様――なんだそうだ――はすっかり南蛮に受け入れられて、遊び仲間として歓迎されている。
 しかし、俺が言ったのはそれではない。
「いや。そっちもそうだけど、楽しそうだって言ったのは張勳のことだよ」
「ええ? 私ですかぁ?」
 目をまん丸にして俺の方を見る。
「うん。楽しそうだ」
「そうですか? まあ、お嬢様のあんな姿を見ているのは楽しいことですけど」
 彼女は興味深げに俺をねめつけた後で、再び主たちの笑いさんざめく様子に目を戻した。俺に向けた探るような視線はほんのわずかな間であったが、背筋をぞくりとふるわせるのには十分だった。
 どうもこの人は腹の底が読めない。俺の方は仲良くしたいと思うのだが、踏み込めない部分があるように思う。そうは言っても、そのあたりも時間が解決してくれるだろう。
 問題は、その時間があるのかどうかなのだけれど。
「なにか悩んでますねえ?」
 ふとかけられた言葉に心臓がはねあがる。すっかりお見通しというわけだ。
「ん。まあね。どうしていいかわからないんだよ。次の侵攻があるのかないのか。あったとして、それがいつなのか」
「蜀の人たちですか」
「うん」
 他ならぬ目の前の女性からの情報によれば、現状の蜀には劉備をはじめとして、諸葛亮、関羽、張飛、趙雲、馬超といった俺でも聞いたことのあるような名将、名軍師が揃って居るらしい。赤壁の後といえば、蜀は呉とぶつかって関羽を失ったりするはずだが、そういうこともないようだ。そもそも、劉備を筆頭に、皆若々しい女の子たちで、頑迷になったりすることもないのかもしれない。
 呉の方でも孫策が生きていて、その側には周瑜もいるというから、俺の知っている三国志とは自ずと違いが出て来るのはしかたのないところだ。
 袁術からしてあれで、孟獲がああだもんなあ、と俺は泥だらけになって遊んでいる少女たちを眺めやった。あの綺麗な服をあんなに汚して大丈夫なものなのだろうか? 隣で見ている張勳が叱りつけるわけでもないから、大丈夫なのだろうけれど。
「来るかどうかははっきりしてるじゃないですか。来ますよ。絶対」
「来ちゃうか」
「来ないわけがないですね」
 あっさりと断言されてしまった。
「曹操さんのところはともかく、劉備さんや孫策さんのところは余裕がないですからね。近いところに別の勢力があれば叩かずには安心できませんよ。何らかの対策はしてくるでしょうね」
「平和的にくるってのはないのかな?」
「うーん」
 小さく唸ると、彼女はあたりを見回した。それにつられて、俺は周囲を覆う緑の光景を改めて再確認する。いやあ、しかし、すごい密林に住んでるものだね、俺も。
「現実的に言って、南蛮のみんなって別に困ってないじゃないですか。食べ物はあるし、服も毛皮からつくってるみたいですし、家もありますよね?」
「あるね」
 お世辞にも立派とは言い難い洞穴や遺跡のようなものや、蔦でつくったような家ではあるが、雨風はしのげるし、暑さも避けられる。まして、食べ物や着るものには特に困った覚えがない。袁術、張勳主従だって、特になにもしていないのに、食事はちゃんとわけてあげられるくらいには余裕があるのだ。
 しかし、彼女がなにを言いたいのかいまいちわからず、首をひねる。
「ですから、蜀の側からはなにも提供できないんですよ。あっちとしては蜀以外の勢力に呼応して暴れたりしないでくれって言いたいところでしょうけど、そのための対価を差し出せない。だから、一度武力で屈服させちゃえってなると思いますよ、たぶん」
「乱暴だなあ……」
 俺が漏らした言葉に、彼女は答えない。ただ、笑顔をうかべているだけだ。
 俺はじっくりと考えてみた。彼女の理論は乱暴ではあるが、理解できないではない。美以たちは、いや、俺たちは正直、既に満足している。森に入ってこないのであれば別になにも求めるものはない。
 しかし、あちらはそれでは安心できないのだろう。
 俺たちが暴れないという保証がほしい。そのために、なにか用意できないとなれば、あちら側の実力を示して抵抗の意思を奪っておこうとなってしまうのかもしれない。
「乱暴だなあ」
 もう一度呟く。しかし、今度のそれは、わずかに怒りが込められていたかもしれない。
「しかたないですよ」
 あくまでも軽く、張勳は言う。俺はため息を吐くしかなかった。彼女は悪意ではなく、ただ事実を言っているだけなのだから。
 長く息を吸い、調子を整えてから確認する。
「守れるかな?」
「守る、ですか?」
「うん。こんな光景を、守れるだろうか?」
 どろんこ遊びをしている皆に顎をしゃくる。いつの間にか、俺の子供たちもそこに参戦していた。まだ言葉も定かではないちびっ子たちが、ミケたちによじのぼり、しがみついている。
「美以ちゃんたちが大好きなんですねえ」
「ああ。みんな大好きだ」
「お嬢様までですかー? よっ、この幼女好き!」
 からかうように言われて、頭をかく。この人は、ふざけるのが大好きなのかもしれないな。
「いや、その言い方は……。でも、まあ、そうだね。袁術も、それに張勳も」
「は?」
 彼女の視線が俺に向く。あまりに意外な言葉を告げられたからか、彼女の顔はまるで無防備な子供のように見えた。
「私もですか?」
「そりゃあそうだろう。この光景の何一つ欠かしたくないんだから」
 いつかは、時の流れの中でこの光景もなくなるだろう。それはしかたない。しかし、来年、再来年という短いスパンでそれを失う事は俺には考えられないことだった。そういう意味で、既に袁術も張勳も、そして華雄も欠かせない存在となっている。
「……一刀さんって莫迦なんですかねえ?」
 なんだか悪罵のはずなのに、妙に温かな声だった。俺はそのことに何とも言えぬ感情を抱いてしまい、口を開けない。張勳は、小さくため息をついて首を振った。まるで、なにかが終わったとでもいうような様子で。
「ま、いいでしょう。それじゃあ、私も少しは努力してみますかね」
「え?」
「お嬢様をお友達と引き離したら、きっとあんな笑顔を見せてくれなくなるでしょう。それを守るためなら、一刀さんと利害は一致するってわけです」
 つまり、彼女もまたこの光景を、この日常を守りたいと思ってくれているわけだ。その事に俺は胸が熱くなった。
「じゃあ、よろしく頼みますね。これからは七乃って呼んでください」
 そう言って張勳――七乃はいつも通りの、しかし、なぜか俺の心をとても嬉しくさせるような笑みを浮かべるのだった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です