みなみのくにのちっちゃなおうさま

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5.おとぎの国を守り切れ

 第一陣は予想以上に早く訪れた。
 なにしろ、華雄が本格的に将となった数日後には森の端から見える場所に蜀軍が布陣していたのだ。
「どう……かな」
 既に森の端に身を潜め相手の様子を窺っている美以たちとは別に幼い子供たちを避難させていた俺は、木々の向こうの蜀兵たちを眺めている華雄に近づき、声をひそめて尋ね。
「どうとは?」
「勝てそう……かい?」
 声に不安が入り交じるのが押さえられない。なにしろ、戦争なんてはじめての経験だ。そもそもそんなことがないようにと祈っていたのだが、そうもいかないらしい。
「勝てるだろう。今回はな」
「今回は?」
「ああ。地の利はこちらにある。一当てして、あちらを撃退できればそれでよし。万が一こちらが崩れたとしても森に逃げ込めば、相手を始末できる」
 華雄は地形を指で示して説明してくれるが、全ては理解できない。やはり、軍人さんなのだなあ、とあり得る戦の成り行きを説明する彼女の横顔を眺めながら思う。
「次からは……。まあ、この戦で様子を見るか」
 一通り話した後で彼女は肩をすくめてみせた。
「なにしろ主力も間に合っていないようだしな」
「主力って?」
「孟獲によると、こういうときのために象部隊を用意しているそうだ。いまは、象自体が南方に放たれているため、集め直しているところだそうだがな」
「それって、結構時間かからない?」
 しばらく考えておずおずと聞くと、あっさりと頷かれた。
「かかるだろう。だから、間に合わないと言った」
 彼女は大きな戦斧を抱え上げながら、歩き出す。俺はその横について同じように進み出した。
「まずは、対陣してみるさ」
 そうして、俺たちは蜀の兵たちの前に姿を現したのだった。

 果たして、事は華雄の予想通りにはいかなかった。
 というのも、ずらりと居並んだ小さな女の子たちを前に、相手の軍が戸惑いを見せたためだ。
 その気持ちは正直よくわかる。
 準備万端でやってきた軍が、猫耳娘たちを前にしたら、それはそれは動揺することだろう。
「しかし、こう睨み合ってもらちがあかんな」
 いらいらと呟く華雄。暴れようとしていたところでこの有様で、少々不満のようだ。彼女にしてみれば、自分を追い立てた相手であり、一矢報いようという気持ちもわかる。しかし、俺としては出来る限り穏便に済んで欲しいところだ。
「このまま退いてくれないかな?」
「そううまくはいかんだろうな。やつらもわざわざ軍を出しているのだ」
 面子とかそういうものだろうか? 軍や政治の世界とは縁遠かった身としては、想像の域を出ない。
 そこへ、前に出て相手の軍に声をかけていた美以がとてとてと戻ってきた。むくれ顔ながら無事帰ってきた姿にほっとする。
「むー。あいつら帰れって言っても全然聞かないじょ」
 ほらな、とでもいうように華雄が肩をすくめる。しかし、困ったな。
「それで、なんて言ってたの?」
「よくわからないじょ。なんぽーをさわがすふらちものとかにゃんとか」
「身に覚えのない話だなあ」
「そういう名分なんだろうさ」
 不思議そうに言う俺たちに対して、華雄はつまらなさそうに吐き捨てる。彼女も、そして、彼女の仕えた董卓も濡れ衣を着せられて都を追われたらしい。
 実状とは別に、軍を動かすには動かすなりの理由や大義というものが必要と言うことだろうか。
「退きそうにないね……」
 この森に住んでいる俺たちはともかく、出張ってきた彼らは食べ物も水も運んできているのだろう。当然お金もかかっている。言いがかりではあるが、大義名分もある。いくらちっちゃな女の子ばかりとはいえ、なにもせずに帰るわけにもいかないだろう。
 しかし、いかに軍隊といえど、ミケ、トラ、シャムといった猫のようにかわいらしい女の子たちをいためつけたいと思うやつは少ないだろう。
 なにかきっかけがあれば諦めてくれるかもしれない。
 甘い考えかもしれないが、俺はそういったことを美以たちに話してみる。すると、華雄が獰猛な笑みを浮かべて見せたのだ。
「ならば、一騎打ちをしかけてみよう。将が敗れれば、一度退くかもしれん」
「おー。それがいいにゃ。みぃとかゆーでやっつければいいにゃ」
 嬉しそうに同意する美以。一騎打ちというのは悪くないと思うが、大丈夫なのだろうか。その不安が表れていたのだろう。二人が元気づけるように笑った。
「旗を見る限り、主立った将は出てきておらん。関羽も張飛もいないのに、負けるわけがないさ」
「うむにゃ。みぃも負けないにゃ! 兄は心配するにゃ!」
 そうまで言われてしまっては、納得するしかない俺だった。

 本当に、心配する必要などなかった。
 蜀からは張翼と王平という武将が出てきていたらしいが、華雄は十合も打ち合わずに王平を馬から落としていたし、美以の外見からその実力を侮っていたらしい張翼は、美以の武器――大きな猫の手型の鈍器――に腕を折られることとなった。
 率いていた将が倒れ――片方は意識を失っていたらしい――敵は敗走を始めた。
 問題はその後だった。
 逃げ始めた兵士たちに興奮したのだろう。美以と華雄の奮戦に刺激されたところもあったかもしれない。ミケ、トラ、シャムとそれに従うみんなが突撃を始めてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと、みんな、止まって!」
 にゃーにゃーわめきながら駆け出す皆を止めようとするが、その勢いに呑み込まれてしまう。ぷにぷにとした肉球とやわらかな毛皮と、これまたやわらかな手足にもみくちゃにされて、俺は気を失うこととなった。
「まあ、そう気に病むな。追撃は必要だし、なにより被害はほとんどなかったのだ」
 念のために行われた不寝番から戻ってきた華雄が俺を励ますように言ってくれる。
 たしかに人的被害はほとんどなかった。少なくともこちらには死人は出ていないし、迷子になった数十人は、一晩中かけずり回って回収出来た。
「まあねえ。でも、こんなのが続いたらなあ」
 しばしばする眼をこすりながら、俺は答える。もし死者がでるようなことがあったらどうなることやら。俺の生きてきた世界とここでは常識も生き方も違うということはわかっているつもりだったが、身近な人間の生死が関わってくるとなると、やはり精神的にきついものがある。
「まあ、しばらくはあるまい。あれだけ無様に負けたとなれば、まずは中央……成都に伺いを立てずにはおられまいからな」
「そういうものか……」
 そのあたりは正直、彼女の言うことを信用するしかないだろう。俺は気を取り直して伸びをしてから、彼女に改めて話しかけた。
「それより、華雄には相談したいことがあったんだけど」
「なんだ?」
「捕虜をね、どうしようかと」
 潰走してしまったために、あまり抵抗もせずに捕まった者たちが多くいる。美以たちは気にとめてもいないようなので、どうすればいいのか悩んでいたのだ。
「森の外れにでも放っておけば、あやつらが回収してくれるのではないか? こちらが手を出す必要もないだろう」
「それでいいのかな?」
「いいだろう。それとも、殺すか?」
「いや、それは……」
 少し考えて、俺は小さく首を振る。
「そうだな。美以たちも殺したりとかは歓迎しないだろう。放り出すか」
「うむ」
「ただ、一応、華雄にもざっと見ておいて欲しいんだ。顔見知りとかいたら、こっちに協力してくれる人がいるかもしれないだろう?」
「そのあたりは……どうだろうな。まあ、しかし、様子は見ておくか」
「うん。頼むよ」
 そういうことになって、俺は彼女を連れて、捕虜たちがまとめられているところへと向かった。
「む、あれは」
「ん? 見知った顔がある?」
 彼女の視線を追うと、派手な着物の少女とそれに寄り添うようにしている丸顔の女性の姿があった。周囲の蜀兵のつけた鎧とは明らかに違う格好で、場違いだった。どこかで紛れ込んだのだろうか。
「あ、華なんとかさんじゃないですか、助けてくださいよ~」
「助けるがよいぞ、え、えーと、ばかゆう?」
 二人は華雄の視線に気づき、明るい声をあげる。その様子に、華雄が顔をしかめるのがわかった。
「いや、勘違いだったようだ」
 その言葉を聞いた途端、二人が慌て出す。
「わ、う、嘘です。冗談です。華雄さん! ちょっと!」
「ま、ま、ま、待つのじゃーーーっ!」
 それが、俺たちと、袁術、張勲主従との出会いであった。

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