みなみのくにのちっちゃなおうさま

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4.おとぎの国に迫る危機

 一日経つと、華雄は身を起こせるほどに回復していた。がつがつと貪るように肉を食べ、魚を食いちぎり、木の実を貪る。ひたすらに食べ続ける彼女を、美以ですら呆れたように眺めていた。
「ふう……」
 山と積まれた食料を食べきった彼女は俺たちを見る。美以がその眼光に対抗するように、ふーっ、と歯をむいた。だが、華雄はそれを気にした風もなくきょろきょろと辺りを見回すばかり。
「私の得物は?」
「え? ああ、斧なら、その奥にたてかけてあるけど」
 俺が指さす先を見て、彼女は一つ頷く。
「うむ。さて、人心地ついた。世話になったようだな。礼を言う」
「お前、強いにゃ。何者にゃ?」
 美以が警戒を解かずに呟く。それに対して、華雄は肩をすくめて短く返すのだった。
「華雄だ。官軍の将さ」
 そこから彼女が話した事をまとめると、こうなる。
 俺たちの住む森の北方には、漢の土地がある。そこで、彼女はその土地を治める王朝の将をやっていたようだ。しかし、各地で乱が起こり、ついには都にいる董卓に向けて各地の群雄が兵を差し向けるほどになった。
 その戦いに負けた後、群雄勢力がそれぞれ大きくまとまる中で、彼女は賊退治をしながら、諸国を巡っていたという。その後、袁術と組んで国を建てたものの、大陸に残存した大勢力の一つである蜀に滅ぼされた。そうして追われているうちに、南蛮の土地までやってきたのだという。
 まさに三国志の世界であった。
 さらに、改めて尋ねてみたところ、俺の知っているような有名な武将は、皆、女性のようだった。
「そうか、孟獲って……あの孟獲なのか」
 話を一通り聞き終えて、俺は横に立つ美以を見る。見上げてくる顔はきょとんとしたものだ。それはそうだろう。彼女は最初から南蛮大王孟獲と名乗っている。それを自らの知識の中の孟獲と結びつけられなかったのは俺の落ち度に過ぎないのだから。
 いや、しかし、そうなると……。
 俺は、心の中に浮かび上がった疑問にかられて、思わず華雄の肩に両手をかけていた。
「お、おい、なにをする」
「兄?」
 二人の呆気にとられたような声に、俺は体を戻す。
「す、すまん。だが、一つ教えてくれ。赤壁の戦いはどうなった?」
「ん? ああ。赤壁では魏が負けた。現状では、あれほどの大戦(おおいくさ)はしばらくないだろう。小競り合いは続くだろうが……。私を追う連中を出せたということは、ある程度安定していた証拠だろうさ」
 皮肉げに言う彼女。だが、俺はそれに同調する余裕もなかった。思考と記憶がぐるぐると頭の中を巡る。
「そうか……」
「どうしたにゃ?」
 美以が心配そうに俺の腰布を引っ張る。その動きにはっと意識を取り戻し、淡く笑みを浮かべてみせた。
「いや……。少し考えてみたい。華雄さん。また明日話しましょう」
「ああ。そうだな。私も休むとしよう」
 そうして、俺は心配げな美以を安心させるためにことさら明るく振る舞った後で、一人眠れぬ夜を過ごしたのだった。

 翌日、俺は再び美以と共に華雄がいる洞穴に向かった。見張りなどはたてていないが、彼女はそこにいると確信していた。なにしろ、ここから逃げてどうなるというものでもないのだ。
 それでも彼女の姿を洞穴の中で見つけたときは、少しほっとした。ただ、まさか狭苦しい洞穴の中で斧を振るっているとは思わなかったが。
「魏、呉、蜀。三国が危ういながらも均衡を保っている……。そう言ったね」
 汗を拭い終えた華雄に、俺は切り出す。美以は黙って俺のするのを見ていた。
「うむ。いずれ魏は再び南進するだろうし、呉、蜀もそれを警戒し、また北方へ出る機を窺っているだろう」
「そう……」
「それが、どうしたのにゃ、兄?」
 美以が聞いてくるのに、すうと息を吸って答える。
「いや、そうやってしばらくは膠着しているとしたら、なんらかの打開策をそれぞれ考えるだろうな、と思って」
 二人の視線を受けて、俺は先を続ける。
「各国共に、国力、兵力の増強を狙うと思うんだ。元々土台がしっかりしている国は順当に統治しているだけでもなんとかなるけど、追い詰められた国がどうするか」
「どうするにゃ?」
「俺の知っている歴史の話だと、そういう弱い国はなんとかして、自分の勢力を強くしようとする。相手を弱めるか、自分が強くなるしか生き残る道はないからね。そうして、もし、手近なところで領土が広げられそうなら、そうするはずなんだ」
 そこまで言ったところで、華雄がなにかに気づいたように獰猛な笑みを浮かべた。
「蜀にとっては、ここが手近な新しい領土、か」
 その通りだ。俺の知識の中では、諸葛亮が南征を敢行する。勢力を伸ばすためとは限らない。後背で何ごとも起こらぬようとりあえず叩いておくということも考えられるのだ。
 物語では、七縱七禽といって、七度捕らえ、七度放って、諸葛亮は孟獲を心服させた。しかし、実際にはもっと血なまぐさいものになってもおかしくはない。
「ショクとかいうのが、攻めてくるにゃ?」
「そういうこともあるかもしれないってこと」
 心の中の不安……いや、恐怖を押し殺しながら、俺は答える。いまは、まだ可能性にすぎないし、なにより、こんなかわいらしい美以たちを、無惨に蹂躙するやつらがいるとも思えない。
 だが、それは俺の願望にすぎないかもしれないのだ。
「大丈夫にゃ。みぃはとっても強いにゃ。それに、子分たちもみぃ程じゃなくても強いのにゃ!」
 ちいさな胸をはって、彼女は言う。元気いっぱいの声で、自分の言うことを微塵も疑う様子なく。
 彼女の手が俺の手の中にすべりこむ。柔らかな肉球が膚を柔らかく押す。
 そうして、彼女はほんのわずかに悲しそうな表情をして、こう言うのだった。
「だから、兄は、そんな顔しちゃだめにゃ!」
 びっくりしてしまった。
 いや、当たり前のことだと言うべきだろうか。
 俺の不安など、美以にははなっからお見通しだったというわけだ。
「ああ、そうだな」
 俺は言う。笑いながら。
「そうだな、美以」
 ぐっと彼女の手を握りしめながら。
「にゃ!」
 美以は楽しげに一言そう言った。
「お前たち、蜀に抵抗する気か?」
 俺たちの様子を黙って見ていた華雄が顎に片手をあてながら尋ねかける。
「当たり前にゃ。南蛮はみぃのものにゃ。森に入ってきたら、やっつけてやるにゃ」
 まるで当然のことというように返される返事。美以にとって、それは、本当に自明の理なのだろう。
「そうか」
 華雄は一つ頷くと、ふっと笑った。その表情の透明さに、俺は胸が高鳴るのを感じた。
「よし、では、私も協力しよう。色々と世話になったからな」
「……ほんとにゃ? みぃが見たところ、お前、結構強いのにゃ」
 美以は値踏みするように彼女を見つめる。それに対して、迷い込んできた武人はまっすぐに俺たちを見つめて言うのだった。
「ああ。我が武は最強。きっとお前たちの役に立つだろう」

「こ、これを着るのか?」
 数日後、完全に復調した華雄は美以の家の広間で渡されたものを手に固まっていた。虎ではなく黒豹を模したらしい頭巾と、それとおそろいの腰布。もちろん、真っ黒尻尾もばっちりだ。
「みぃのお手製にゃ! ミケたちよりいっぱい毛皮を使った力作にゃ!」
 美以の言うとおり、ミケ、トラ、シャムがつけているものより大きく、肩口まで毛皮が達する。ちょうど華雄の鎧は肩が開いているし、そこに被さる形だ。とはいえ、けして動きにくいと言うほどでもない。腰布も、これまでだってほとんど隠れていなかったようなもので、それに代わるには十分だ。
 尻尾に関しては……なにも言うまい。
「き、着ないとだめか?」
 いや、俺にすがるような視線を向けても無駄ですよ、華雄さん。南蛮に協力すると言ったのはあなたなんですから。
 まあ、俺は久しぶりに学生服を引っ張り出して着ているんだけれど。なにしろ、この服は森の中で目立つので、俺を守るのに役立つのだとか。
「南蛮の将軍として動くなら、着た方がいいかと……」
「くうぅっ」
 そうして、南蛮軍は白虎たる大王孟獲と、黒豹華雄によって率いられることになるのだった。

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