みなみのくにのちっちゃなおうさま

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3.おとぎの国の闖入者

 俺が南蛮に来てから、約五百日が過ぎた。
 年で数えたいところだが、南蛮の季節は、暑いか、もっと暑いか、ちょっと暑い程度の差しかないので、四季で年を考えるのは難しい。まして、カレンダーなどあるはずもない。
 だから、南蛮に住み着いて十数日目にしてようやく思いついた、板に線を刻む方法で数えた日数で考えるしかない。数日の誤差はあるだろうが、ざっと大づかみで捉える分には問題ない。
 その日数で言うと、五百日。慣れ親しんだ暦で言うと、一年半ほどが過ぎたというわけだ。
 その間、俺はすっかり料理番となっていた。あとは、皆と遊び、相変わらずよくからかわれたりもしたが、厄介者という感覚は俺にはなくなっていた。おそらく、みんなにも既に無かったろう。
 にい、にいと慕ってくれるのもあったが、なによりも……。
「ふみゃあ……」
 俺の腹の上で裸の美以が丸くなる。南蛮のみんなの中でも彼女にだけは生えている尻尾がくるりんと俺の足に絡みついた。俺の精を三度注がれたことで、彼女の発情は収まったらしい。
 発情、そう、発情だ。
 南蛮の皆には、発情期があった。唐突に、牡が欲しくなってしかたなくなるらしい。感情的なものではなく、より肉体的なものだ。
 その相手として選ばれたのが、俺だったというわけだ。
 手近にいた牡だからというのはもちろんあるだろう。しかし、それだけではないとも思う。
 というのも、俺に近しいほど発情期が頻繁に訪れるからだ。
 美以やミケ、トラ、シャムは定期的に発情期を迎える。一方で、あまり俺と触れあっていない面々は、せいぜい百日に一度とか三百日に一度発情期になるくらい。甚だしきは一度も発情期を迎えなかったりしている。
 それは、肉体に対して感情もまた影響を与えている証拠だと思われる。
 実際の所、この傾向には助かっていると言っていいだろう。
 外見はよく知っている娘だとはいえ、あまり親しくない――しかもちっちゃな――女の子を抱くのには未だに罪悪感があったりするし、なにより南蛮のみんなを相手しないといけないとなると、体が保たない。
 それでも百人近くを相手にしているのだから、我ながら大したものだ。
 俺が生きてきた常識とは確実に異なる。破倫と言われてもおかしくない状況だ。しかし、それでも俺はこの役割を嫌だとは思わなかった。
 自分自身の肉の快楽はもとより、苦しげに身をよじる美以たちを助けてやれることがなにより嬉しかったから。
 自分の言葉と矛盾するようではあるが、たとえそこまでの知り合いでなくても、大きな生活共同体としては一体である面々だ。情はあるし、苦しんでいるなら助けたいと感じる。
 なによりも、こうして俺の上で丸くなって安心している女の子の姿はとてもかわいらしい。
 俺は美以の頭をなでてやりながら、自らの息を整える。
 体を重ねた回数で言えば、いまこうして抱きしめている美以が最も多い。おそらく、それだけ俺を認めてくれているのだろう。しかし、まだ彼女は俺の子を孕んでいない。実は、同じように回数の多いミケ、トラ、シャムの間にもまだ子供はいない。
 だが、幾人か、子をなした相手もいた。
 一、二度閨を共にしただけで妊娠した娘もいたし、何度かの逢瀬の後に母となった者もいる。
 実に三十人ほどの俺の子が、この地で元気に走り回っているのだった。
 あるいはこれが俺がここにいる理由なのかも知れない。そうも思う。
 子供たちを南蛮のみんなに授けるために、俺はここに来たのではないか。
 その推測が正しいかどうか、それはわからない。ただの自己正当化かもしれないし、本当に運命とやらが俺を引き寄せたのかも知れない。そのあたりのことに答えは出ないだろう。ただ、自分がどう感じ、どう考えて生きていくかだ。
 かつての自分ならば原始的と切って捨てたような暮らしの中、俺はたしかな幸せと温もりを感じていた。
 そして、腕の中にあるものをたしかに守っていかねばならないと思いつつ、夢の中へと沈んでいくのだった。

 彼女を見つけたのは、ミケ、トラ、シャムの三人だった。
「大王しゃまー」
「にいにいー、たいへんにゃー!」
「……また拾ったにゃん」
 三人が連れてきたのは、泥にまみれた女性だった。銀の髪に、膚も露わな装束。シャムが運んできた大きな武器は、あれは、斧だろうか。ハルバードとかいう戦斧に似ている。
「……どうしたの、この人」
「森のはしっこで倒れてたにゃ!」
「あちあちにゃん!」
「……いきだおれにゃん」
 寝かされている彼女に触れてみると、ミケの言うとおり、膚が熱い。熱を出して倒れたという所か。何度か頬を叩いてみたが、声もあげない。完全に意識を失っているようだった。
「どうする、美以」
「うみゅう……。兄はどう思うにゃ?」
「うーん」
 俺は広間を見回す。ここに置いておくのはまずいように思った。これがただの風邪程度ならいいが、変な病気ならば危ない。ひとまず隔離しておくべきだろう。
「どこか、ちょうどいい場所ないかな? 彼女を置いておけるような。できれば水が手に入るところがいい」
「じゃあ、裏の洞穴がいいにゃ。奥に泉が湧いてるにゃ」
「よし。じゃあ、運ぼう」
 そうして、彼女は草を敷き詰めた寝床が設けられた洞穴に運び込まれることになった。
 洞穴の奥で湧く水に浸した布で汗を拭き、意識のない彼女の口に木の実の汁を注ぐ。
 それを続けること三日。ようやく彼女はわずかに意識を取り戻した。
「聞こえる? 聞こえるかな? 君の名前は?」
 ぼんやりと開かれた彼女の目を覗き込む。俺の顔を認識しているのかいないのか、焦点のあっていない瞳がゆっくりとさまよった。
「名前は?」
 もう一度、大きく尋ねる。すると、ふと琥珀の瞳が俺を射貫いた。その眼光の鋭さに、身が震える。
「な、名前を教えてくれないか?」
 なんとか声を押し出す。獣の様な恐ろしい気配が消え去って、疲れ切ったような表情が彼女の顔に浮かぶ。
「我が名は……華雄」
 かすれた声で彼女はそう言うのだった。
「殺すなら殺せ。董卓様を失って、私……は……」
 それだけ言って限界というように彼女は再びまぶたを下げた。
 華雄という名前には、わずかに聞き覚えがある。ましてや、董卓とくれば。
 俺はまるで雷に打たれたかのような衝撃が体中を走るのを感じていた。
 三国志の世界……だって?

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