みなみのくにのちっちゃなおうさま

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2.おとぎの国の暮らし

 木の実を抱えて歩いていたら、急に足を取られてすっ転び、泥に顔を突っ込んでしまった。痛みは特になかったが衝撃に驚いた俺は、わたわたと体を震わせて起き上がる。
 その途端にかかるいくつもの声。
「かじゅとが転んだにゃ!」
「おばかー!」
「……ひっかかったにゃん」
 声がしてきた方を見るまでもない。ミケ、トラ、シャムの仕業だ。見れば、足に絡みついているのは、蔓で作られた輪っか。簡易な罠が、泥の中に隠されていたらしい。
「こら! 人の通るところに仕掛けちゃだめだって言ってるでしょ!」
 泥まみれながら、なんとか威厳を持って大きく手を突き上げる。しかし、ずっと向こうで笑い声をあげている三人にはまるで堪えていないようだった。
「そんなのひっかかるの、かじゅとだけにゃん!」
「やーいやーい」
「……ひっかかるほうが、わるいにゃん」
 猫のような女の子たちは、まさに猫のように優雅に身を翻し、林の中に消えていく。
「まったく……」
 幸い潰れていなかった木の実を拾い、俺は苦笑する。いま着けているのはしっぽが縫い付けられた腰布だけなので、体についた泥を払えばそれで済む。
 南蛮大王孟獲こと美以――よくわからないが、そういう名前があるらしい――の『お前、みぃと同じで白いから気に入ったにゃん』という鶴の一声で南蛮での生活を保障された俺は、かように『からかわれる対象』として過ごしているだ。
 それも、まあ、しかたないかもしれない。なにしろ俺は間違いなく厄介者だからだ。
 彼女たち南蛮の民は基本的に狩猟と採集の民だ。最初に俺を捕まえたように、動物を捕らえ、魚を――釣るのではなく――捕らえ、木の実を拾う。これを基本として生活している。
 しかし、彼女たちほど素早くも強くもない俺は狩りでは役立たずだし、なにが毒でなにが食べられるものなのか見分けられないために森に生える植物を採ってくるのにも向いていない。
 それでも毎日食事を分けてくれるし、雨風を避ける場所も用意してくれたし、いま着ているような衣類だって作ってくれる。
 基本的に、彼女たちはとても優しいのだ。
 こんな状況ではからかったり面白がったりする相手だと認識されていてもしかたないというものだ。なにしろ、本気で虐められることはないのだから。
 元の生活に戻るのは、早々に諦めた。美以に頼んで、密林が終わるところまで連れていってもらってからだ。
 まばらになった木々の向こうは、開けた平地で、その向こうに峨々たる山壁が連なっていた。その麓には土塀で囲まれた、見慣れない様式の村らしきものが小さく見える。
 どう考えても現代日本の風景ではなかった。日本どころか、現代の風景とも思えない。
『ここは熱帯を模した植物園かなにかで、美以たちはそこにキャンプに来て、遊んでいる』という、自分でも信じていなかったわずかな可能性も無くなった。
 さらに言えば、森が終わるあたりまででも一日かかったというのに、ぽつんと点のように見える村まで歩き、そこから人里の様子を探ろうというのはあまりに無謀に思えた。美以たちのように接してくれるとは限らないし、なにより言葉が通じる相手かどうかもわからないのだ。
 そんなわけで、ともかくここでの生活を確立すべく動き始めたのだ。
 美以たちから任せられるのは保存場所へ獲物を運ぶといったたいしたこともない仕事だけなので、その合間に、俺が出来ることはないかと考える。
 まず、手を着けたのは水だ。こっちに着いてから数日はお腹がぴーぴー言っていたのだが、どうもその原因は水なのではないかと推測したわけだ。
 小説や漫画で見たような知識まで総動員して、小石や砂、布きれなどを使って濾過する装置を作り、煮沸を繰り返してみたら、これがなんとかなったようで綺麗な水を得ることが出来るようになった。俺の体がこちらに慣れた可能性もあるが、トラたちが飲んでいる水をそのまま飲むと相変わらず腹を下すので、ある程度の効果はあるのだろう。
 しかし、現地の人間はこれまで通り川の水で十分なわけで、俺のためには役立っても、美以たちになにかしてあげられるわけではない。
 さて、では、なにが出来るだろう、と頭を悩ませている時、ふとそれが目に入った。
「ねえ、美以」
 最初に運び込まれた石造りの大きな家――美以の家だ――の広間での食事の最中、葉っぱで作られた器に置かれた赤茶色の小石のようなものを持ち上げて、俺は声をかける。これは岩塩の塊で、皆、塩気が欲しいときに適当に舐めるのだ。
「なんにゃ?」
 焼いた魚にかぶりついていた美以に岩塩のかけらを振ってみせる。
「このかけら、もっとないの?」
「ん? あるにゃ。かじゅとはそんにゃのが欲しいのにゃ?」
「うん。ちょっと使ってみたくて」
 不思議そうな反応だったが、美以は三日後には大きな岩塩の塊を持ってきてくれた。間が開いたのは、取りに行っていたのではなく、忘れていたのだろう。
 いつものことだ。
 それでも、きちんと約束を守ってくれるのが美以たちなのだ。
 岩塩を手に入れた俺は、それを砕いて粉末状にして、魚に塗り込んだ。あるいは水に溶かして作った塩水の中に肉をつけ込んだ。
 料理に少し手を加えようと思ったのだ。
 なにしろ、南蛮の料理方は二つしかない。
 直火で焼くか、なんでも混ぜて煮込むかだ。
 あとは、生でそのままというのもあるが、これは料理とは言えないだろう。盛り付けまでしっかりやればいいんだろうが、そんなこともしない。
 新鮮な材料なので、それでも美味しかったりはするのだが、工夫してみても悪いことはないだろう。
 味噌や醤油が入手できればいいのだが、手に入らないものは仕方ない。
 そうして試行錯誤の末、魚と塩で出汁を取った鍋物をなんとか作り出した。具は薄切りにした肉と、みなが採ってきた草、固い木の実といったもの。煮立ったそれを、塩水と採集した木の根などを混ぜたタレにつけて食べてもらうといったものだった。
「どう……かな?」
 見慣れぬ食べ物を、ふーふー冷まして口にした美以たち四人の顔を見回す。その四人を囲むように、数十人の女の子たちが集まっている。全員が、ミケ、トラ、シャムとそっくりの顔をしていた。
 これは俺の想像でしかないのだが、この同じ顔をした娘たちは、ミケ、トラ、シャムを代表者とする三つの部族なのではないだろうか。
 そして、美以はその部族をまとめる王というわけだ。
 ただし、この推論について突っ込んで聞いて見たことはない。
『みんなクローンにゃ』
 とか、
『量産工場があるにゃ』
 とか言われたらとても怖いからだ。
 ちなみに、ミケ、トラ、シャムの三人は常に美以の側にいるし、俺をよくからかって遊んでいるので、他の娘たちと見分けがつく。だが、ミケの仲間たち――面白いくらいにそっくりな顔と体つきだ――の一人一人を見分けろと言われたら、それは無理だ。
 そんなたくさんの同じ顔が固唾を呑んで代表者四人の動きを見ている。返事がないことに、俺は手に汗がにじみ出るのを感じた。
 だが、次の瞬間、四人揃って爆発した。
「おいしいにゃ!」
「うまーーーっ」
「うまうまにゃ!」
「目がさめるくらいおいしいにゃん!」
 すばらしい反応。再び美以が鍋から肉を引き出しはじめると、それにつられたのだろう、みながどっと鍋に群がった。あっという間に具材はなくなり、俺は次々追加を求められる。
 そうして、あちあち、はふはふと楽しげな声が続き、ようやくみながお腹いっぱいになったのだろう、そこら中に寝転がり始めた。そこで、既に満腹になり頭の上の動物――実は象なんだそうだ――を下ろしてごろごろしていた美以が立ち上がり、俺の側に寄ってくる。
「おいしかったじょ!」
 満面の笑みで話しかけられる。そのあまりのあけすけな歓喜の感情に、思わず微笑みを返していた。
「ああ、ありがとう。嬉しいよ。また別の料理も作ってみるね」
 丸焼きにしてもやり方は色々ある。肉汁を利用して色々と味付けをしてみるのもいいし、こうして出汁をとるのも出来るとなれば、料理のレパートリーも増やせるだろう。
「にゃ? おいしいもの、これ以外にも作れるにゃ?」
「まだ試作中だけど、色々と考えているよ」
「す、すごいにゃ!」
 目を丸くする美以。彼女はそのぷにぷにの肉球を俺の肩にのせると、大きく声をあげた。
「よし、これからはかじゅとの事を兄と呼ぶにゃ!」
「兄?」
 それを聞きつけたか、ごろごろしているシャムたちが、床から俺を見上げる。
「にぃにぃにゃ?」
「あにしゃまかー」
「……にい様……にゃん?」
「うむにゃ。皆にも伝えるにゃ。これからは美味しいものを作ってくれるかじゅとを敬うにゃ!」
 美以は楽しげに宣言する。喜んでくれるのは嬉しいが、なんだかくすぐったい。だが、他の皆は目を輝かせて美以の宣言に同意していた。
「わかったにゃ」
「わかったにょ!」
「……了解にゃん」
 こうして、俺の地位は、南蛮の皆の中でランクアップしたのだった。

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