みなみのくにのちっちゃなおうさま

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1.おとぎの国の王様

 目を覚ますと、森で猫に囲まれていた。
 しかも、三匹。
 いやに鮮やかな風景の夢だと思って見回すと、周囲は森という程度ではなく、様々な草木が生い茂っていた。
 しかも、最初の印象通り、無闇と色が溢れている。濃い緑から黄色に近いものまで入り乱れ、中には赤や黒の色も見え隠れしている。
 ジャングルという言葉が脳裏に浮かんだ。
 そして、目の前には、大きな猫が三匹。かわいらしいくりくりの瞳でこちらを覗き込んでいる。
 この状況は、どう考えても夢だ。
 そう思って目をつむりなおすと、ぷにぷにと頬をつつかれた。
「おーい、生きてるにゃー?」
「活きが悪いにょ?」
「……でも、捕まえやすいにゃ」
 不吉な言葉に思わず目を見開く。
 いや、待て。
 言葉?
 ようやく意識にかかった霧が晴れ、見ているものを脳が認識した頃にはすでに遅かった。猫のかぶり物らしきものをつけたかわいらしい女の子たちの手によって、俺の体はぐるぐる巻きにされていた。
「獲っ物にゃ!」
「おっきな獲物にゃ~」
「……ぴかぴかの獲物にゃー」
 微妙に節のついたかけ声のようなものを繰り返しながら、三人は俺を担ぎ上げ、運んでいく。
 背の小さな女の子たちのどこにそんな力があるのかさっぱりわからないが、たしかに俺は地面から高く持ち上げられ、ゆさゆさと荷物のように運ばれていた。
「あ、あのね、君たち。なんの遊びだかわからないけど……」
 なんとか話しかけようとするのだが、聞こえないのか、聞く気がないのか、まるで反応してくれない。
「にゃんったったー、にゃんとっとー」
「にゃんとこしょー、にょっこいしょー」
 こんな風に歌うように言い合いながら、きゃらきゃらと笑うばかりだ。
 しかたないので、改めて周囲を観察してみた。
 うっそうと茂る密林。じめじめとした空気。汗がにじみ出るような暑さ。
 ここは、俺の知っている環境とはほど遠い。眠りに就くまでの俺は、聖フランチェスカ学園の寮にいたはずで、こんな熱帯とも思える森とはなんの関わりもなかったはずなのだ。
 ただ、寮で寝ていたはずなのにフランチェスカの制服――白の学生服――を着ているのは、少々おかしい。どこかで記憶の欠落があるのかもしれない。
 しかし、もし、俺がなんらかの理由でジャングルに来ると予期していたら、こんな格好をしているはずがない。
 俺はなにか得体の知れない事態に巻き込まれている。
 そんな感覚がほとんど確信のレベルまで高まる。だが、いったい……。
 結局、わけのわからぬまま、はしゃぐ女の子たちの手によって、蔦の垂れ下がる森の中を運ばれていったのだった。

 しばらくすると、三人が目指していた場所らしきものが見えてきた。森の中、こんもりと盛り上がっているのは、家……だろうか。
 色からして蔦で編み上げられたものだとばかり思っていたが、さらに近づいて見れば、石造りの廟のようなものの表面を、びっしりと蔦が覆っているのだった。
「大王しゃまー」
「獲物とってきたにゃ!」
「……ぴかぴかの真っ白さんにゃ……」
 三人はその建物の中へと入っていく。出入り口は俺を抱えても十分通れるくらい高く、大きく開いている。見たところ、扉は存在していないようだ。
 石造りのその中は思ったよりも明るい。どうやら天井部分は元々無かったか、あるいは後から崩落していて、代わりに生い茂った蔦が屋根となっているようだ。その蔦の隙間から光が回ってきているのだろう。
 見慣れない光景にきょろきょろと周囲を見回している俺の視界が急に揺れる。どさりと落とされたのだ。
「いてて……」
 尻を打った衝撃に身をよじっていると、真っ白な猫に覗き込まれた。いや、違う。また別のかわいらしい女の子だ。
 真っ白な毛皮に身を包んだ女の子は、頭の上になにか小さな動物をのせている。頭に出っ張った大きな耳といい、緑に近い薄い髪の色といい、人間離れしているように見えるが、その顔や体つきは人間にしか見えない。しかもかわいい女の子にしか。
「なんにゃ、これは?」
 ぴこぴこと大きな耳を蠢かし、俺の顔を見下ろす女の子が、三人に向けて尋ねる。
「獲物にゃ!」
「獲物ですにゃ」
「……獲物にゃん」
 だから、その獲物というのはやめてほしい。無邪気な声で言われると、怖いじゃないか。これ以上好き勝手にされるわけにもいかないと、俺は身を起こした。
「いやいや、俺は獲物じゃなくてだね……」
「うにゃ? これ、喋るにゃ。ぴかぴか光るにゃ!」
 ぴかぴかというのは、俺の服のことだろうか? たしかに薄っぺらい白のポリエステルだから、反射は激しいと思うけど。
 白い毛皮の女の子は、俺が喋った時にわずかに身を退いていたが、すぐに興味津々といった様子で身を乗り出して来た。そのまま俺の体をじろじろと観察し、時折ふんふんと鼻を鳴らして匂いをかぎ、ぎゅっと肩を掴み、ついには俺のほっぺたをべろんと舐めた。途端に後ろに控える三人が感嘆の声をあげる。
「にゃんだ、こいつ、人間だじょ」
 味見するように俺の頬と首筋を舐めた後で、女の子は俺を縛っていた蔓を切り落とした。どうやってやったのかよくわからなかったが、彼女の手の内で一瞬煌めくものが見えたような気がする。刃物を持っているか、あるいはそれこそ猫のように爪が出るのか……。
 俺は強張った体の各所を揉みほぐしながら、座り直し、彼女に答える。
「うん。人間だよ」
「じゃあ、獲物じゃないじょ」
「そうにゃん?」
「獲物じゃにゃいのかー」
「……真っ白なのに……」
 女の子が宣言すると、後ろの三人が残念そうに呟く。本気で獲物だと思っていたのだろうか?
「ああ、よかった。わかってくれたか。食べられるかと思ったよ」
 茶化すようにそう言うと、大まじめな顔で首を振られた。
「人間は食べたりしないじょ。だいたい、人間は血を抜くのが大変すぎるにゃ」
 いやいや、そんな理由?
 背筋が寒くなるような気がしたが、あえてそのあたりを無視して、俺はこの状況を把握しようと努める。
「あのさ、聞きたいんだけど」
「なんにゃ?」
 くりんと首をひねられる。素直に答えてくれそうなので、俺は尋ねてみる。
「ここって何処かな?」
「南蛮にゃ!」
「なんばん?」
 鴨? あるいはオランダ?
 いやいやいや。
 混乱してしまったが、どうもそういうものではなさそうだ。胸を張って主張するところを見ると、なにかもっといい意味でもあるのだろう。
 しかし、いずれにせよ、俺の知っている場所ではない。
「それで……君たちは?」
「ん? みぃは南蛮大王孟獲にゃ! 後ろのみんなはみぃの子分にゃ!」
 彼女は再び胸を張ってそう宣言した。
 そうして、俺――北郷一刀は確信したのだ。
 おとぎ話の世界に来てしまったと。

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