北郷一刀の消失・前編

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10.歪む世界

「末端が、感染源となっているのです」
 ずらりと揃った三国の重鎮たちを前に、郭奉孝はそう告げた。
「月殿が倒れたのは、間違いなく詠に引きずられてですし、七乃殿、祭殿は美羽から、猪々子は麗羽殿から、星は白蓮殿からでしょう。呪いの周辺部分から、関係の深い者へ飛び火していっているのです」
「末端……?」
 よくわからない、という風に声を上げたのは誰だったのか。いずれにせよ、それは誰もが尋ねたい疑問であったろう。
「ここから話すことは、呪術に関わることが多く、象徴や迷信がまじったものです。疑問を持つこともあると思いますが、そういうものだと思ってお聞きいただきたい」
 稟はそう言い置くと、紙のように白くなった顔つきで話を続ける。
「まず、風の部屋にあった日記から、この術の情報が得られました。それによると、この術は呪いの対象とそれをさらに強化する生贄で構成されます」
 生贄という言葉の語感に、悪寒を感じない者はいなかった。
「生贄は術の対象を囲い封じ込めると共に、呪いを感染させます。そうして、呪いにかかる者が増えれば増えるほど、中心……このまじないの本来の対象はより強く、深く呪いに引きずり込まれていくことになります」
「いやらしい術よね」
「呪いですからね」
 地和の言葉に苦笑いを返し、稟はさらに続ける。手に持った紙に、四つの名前を書き出していく。
「さて、今回の場合、公孫賛、袁紹、袁術、賈駆の四名が生贄……末端であることが推測されます」
「北郷の場合は? 後で倒れた全員、そやつからの可能性があると思うが……」
「一刀殿は、血縁者が倒れていません。もし一刀殿が末端ならば、真っ先に阿喜たちが眠っているでしょう。赤ん坊なので眠ることは多いですが、お腹を空かせればちゃんと起きていますから」
 思春の疑問に答えた後で軽く笑みを見せて、彼女はいたずらっぽく呟く。
「それに、一刀殿や華琳様が末端だった場合、おそらくすでにこの国は崩壊しています」
「そ……そうだな」
 冗談のように言っているが、それは事実だろう、とその場にいる誰もが思った。
「さて、この四名を考えると、一つの象徴が浮かび上がります」
 稟は紙に書いた名前をそれぞれ線で結んでいく。なぜ書くときに紙の四方に配置したのかと疑問に思っていた者もそれを見て納得した。
「黄巾の乱あたりのことを思い出していただきたい。北に袁紹、東に公孫賛、南に袁術、西に董卓。中央に存在するのは……。陳留の曹孟徳」
「つまり……華琳が呪いの中心ということね」
 沈黙が訪れる中で、蓮華が言いにくいことを言葉にする。それに小さく頷くのを見て、誰かが悲しげにため息をついた。
「ちょっと待って? 月ちゃんは最初に倒れてはいませんわよ?」
「はい、そこは簡単です。一般的には『董卓』は死んでいるために、その部下であった賈駆、そして、同じ涼州の馬超が身代わりとして用いられたのでしょう。馬騰がいれば当時の状況を再現するに十分でしたが、これもいませんから、部下と娘の二人でちょうどいいと考えたのでしょう」
「しかし、その仮定ですと、風様と隊長が余ってしまいますが……」
 指折り数えていたらしい凪が手を開いて訊ねる。
「人を呪わば穴二つ、という言葉を聞いたことがありませんか?」
「なんとなく……」
「呪術というのは使う人間にもそれなりの代価を要求するものなのです。死を願えば、術者にも死をもたらす。それが呪術の本質です」
 ぎらりと稟の眼鏡に光が反射して、表情を隠した。そのままで彼女は静かに言葉を続ける。
「しかしながら、そんな危険な術ですから、それを逃れようと考える者も出ます。その場合に用意するのが己の身代わりであり、術をいつでも解けるようにするための鍵です」
「鍵」
「いわば安全弁ですね。そういう存在を呪いの中に入れておくのです。そして、それを用いることで術を破ることも可能です」
 おおっと一同はざわめいた。それは、久方ぶりに聞く善い報せであった。
「じゃあ、風とあの馬鹿のどっちかがそれなのね?」
「片方が鍵、片方は目くらましのための偽装でしょう」
「どちらがどちらか、わかるものなのか」
「わかりません。ですから」
 そこで稟は手に持っていた紙をくしゃりと握りつぶした。
「私が夢の中に入り、それを探りあて、皆を起こします」

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