江東の巻・第十六回:北郷、孫仲謀と対峙すること

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 孫権さんとの会談は、建業内のそれなりの格式ある料亭で行われることになった。
 直に申し込んでもだめなようなら雪蓮を通じてでも頼むつもりだったのだが、案外すんなりと招待に乗ってくれた。
 ただ、彼女自身が各地をめぐっていたので、しばらく後回しにされてしまっただけだ。
 用意された個室で待っていると、店の人間に案内され、孫権さんがやってくる。供も連れず一人でやってきたようだ。
「このようなところへ呼んで、何用だ?」
 俺の真正面の椅子に座り、給仕の人間が部屋を出たところで、孫権さんはきつい調子で質問してくる。
 本当に髪を切っちゃったんだなあ。
 短い髪も似合うが、突然だったので、やはり印象が変わってしまう。
「会談」
「だから、その内容を聞いている!」
 鋭い声をあげる彼女に、肩をすくめる。
「結局、俺たち、ほとんど喋れてないだろ。だから、一度ゆっくり冷静に話をしようと思ってさ。きっと俺に言いたいこともあるだろ?」
「む……」
 俺の言い分に噛みつくところがないと見たのか、不機嫌そうに黙り、茶を呷る孫権さん。
「そうそう。立ち会いに、『うちのメイド』を連れてきたよ」
 壁際の衝立の裏に目線をやると、そこに控えていた思春が静かに姿を現す。
「思春!!」
 髪を下ろし黒基調のメイド服を着込んだ思春の姿を見て、孫権さんはまずぽかんと口を開け、次に喜色満面に彼女の名を呼んだかと思うと、音を立てて立ち上がり、さらにはまなじりを決して、俺を睨み付けた。
 意外と表情がころころ変わるんだなあ、孫権さん。
「き、き、貴様、こともあろうに思春を、このように! なんたる愚弄っ」
「違います。落ち着いてください、蓮華様」
「思春!?」
 剣の柄に手をかけ、俺に斬りかからんばかりの孫権さんに対し、思春は落ち着いている。
 主の行動をたしなめるように、ことさら冷静な声で孫権さんに話しかけていた。
「こやつはたしかに我らの害となる可能性はありますが、卑怯な男ではありません」
「し、しかし、そのような姿……」
「この姿は変装にすぎません。まあ、こやつの趣味も入っているようではありますが……」
 そこだけは呆れたように俺を見下ろす思春。
「敵を侮るな。そう以前よりお教えしてきたつもりです。こやつを敵とするなら、私をこの場に連れてくる度量──ただの阿呆かもしれませんが──それすらきちんと受け入れて対策を考えるべきです。些事にとらわれて、感情のままに動いても、事はなりません」
 こんこんと諭す思春の言葉に感じるところがあったのか、孫権さんは剣から手を離し、席に戻った。
 それを見て、しばらくは二人だけで話をさせたほうがいいだろうと判断する。
「あー。しばらく、部屋の外に出ていようか、思春」
「そうだな、頼む」
 席を立ち、部屋を出ようとしたところで、孫権さんが怯えたような小声で話しかけるのが背に聞こえた。
「思春。あ、あやつに真名を許したの!?」
「命を救われましたれば。お許しを」
「それはそうだけど……」
 あれ? なんか、この風景、既視感があるぞ。
 ああ、そうだ、美羽を迎えた時、雪蓮と冥琳の間で話していたことの再現だ。
 そんなことを思いながら、廊下に出て、向かい側の壁にもたれかかる。俺たちの部屋は料亭の最上階に一つだけある特別豪華な個室なので、廊下にも他の客や、別の個室に給仕をする店の人間の姿はない。
 しばらくすると、階段を上ってくる給仕の姿が見えたので、彼らと一緒に部屋に戻った。
 見れば思春は孫権さんの横に座っていた。俺はそのまま元の席に戻り、色とりどりの皿が並べられるのを待つ。
「さ、まずは食べながら」
「いただこう」
 少しは落ち着いたのだろう、緊張した声ながらも逆らうことなく箸を手に取る孫権さん。
 思春が俺たち二人のために小皿に取りわけをしてくれていた。
 俺は運ばれてきた酒を軽く飲みつつ、料理を口に運ぶ。
 うん、なかなか美味い。
「悪くない」
 言葉はそれほどでもないが、気に入ってくれたのだろう。孫権さんはぱくぱくと料理を食べてくれていた。
「話、だけど」
「ああ」
 お互いに箸を運びながら、会話を進める。
「まず、大使の件と、俺への敵意を切り離して欲しいんだ。俺は副使にすぎないし、赴任期間もそろそろ終わる。大使制度と俺は不可分じゃない」
 他の人間はともかく、孫権さんに限って言えば、俺への敵意と大使制度への嫌悪が混じってしまっている感がある。まずはそれを分けなければなるまい。
「しかし、お前の提案であったと聞く」
「たしかにね。だから、大使の益も害も説明できるし、ある程度の責任はある。だけど、全てじゃない。二つの問題は切り離して考えて欲しい」
 彼女は少し考え、思春と目線を交わした後、こっくりと頷いた。
「……よかろう。まず、お前そのものの問題だ」
「うん」
「では、じっくり聞かせてもらおう。なぜ、呉の女たちを狙うのか」
 その言葉に、俺はぽかんと口を開けてしまった。
「え?」
「とぼけるな。お前が雪蓮姉様をはじめ、冥琳や明命にまで手を出していることは承知なのだぞ」
「あー、うん。それは事実だけど」
 手を出しているという表現はともかく、彼女たちと恋人として情を通じているのは事実だ。
 だから、それは否定できない。
「だから、なぜ、呉の女を狙って……」
「恐れながら蓮華様、その認識は多少ずれておられるかと」
「なに?」
「こやつは、おそらく、そのようなこと考えておりません。佳い女がいれば、そこにかぶりつくのが習性のようなもので……」
 無茶苦茶言われているような気もするが、間違ってもいない。
 俺は考え考え答えてみた。
「彼女たちが尊敬できる女性であり、可愛い女の子だから、かなあ」
 今度はぽかんと口を開けたのは孫権さんのほうだった。
 俺と思春の顔を見比べて、何事か頷く思春に、呆れたように再び口を開けたまま俺をじっと見つめる。
「俺が好きなのは、呉の王様や将軍や軍師じゃない。ただ俺が知っている、とても素晴らしい女の子たちだよ。別に呉の人間だから狙っているわけでも、将軍だからお近づきになりたいわけでも、王だから追っかけているわけでもない」
 それを言うなら、魏の面々だって、王だから、将だから、軍師だからと好きになったわけじゃない。
 王である雪蓮の生きざまには感心するし、覇王たる華琳のためになにか出来ればと思うが、それと、一人の女性として彼女たちを愛することとは、まったく別のことだ。
「つまり……貴様は、ただ、佳い女だからと呉の重臣たちを愛人としたというのか」
「端的に言えばね。もちろん、北郷一刀なんて男は真っ平御免だって言われてしまう可能性もあったけど、幸い、俺を受け入れてくれたから……」
 そう考えると、本当に運がいいよな。
 もぐもぐと辛めに味付けられた鶏肉を噛み締めながら、なんとなく、凪ならまだまだ辛さが足りないと言うかな、と彼女の唐辛子びたびたの食事を思い出してみたりもする。

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江東の巻・第十六回:北郷、孫仲謀と対峙すること」への2件のフィードバック

  1. 一刀さんはいつでも本気。だがそれがいい(笑)
    でもなぜか、蓮華サマが丸め込まれとるように見える不思議。
    まあ、一番の味方(思春)が2/3落ちてるのでしかたないw
    マッハデレも良いけど、こうやって頑ななところが、
    解きほぐされていくのも良いですな。

    そして、思春完落ちへ・・・

    •  まあ、魏の外交官としては、蓮華さんを丸め込むくらいのほうがいいのでしょうけれどねw
       蓮華さんは元々強い芯があるのでこういう役割も担えるので良いですね。
       基本的に、この話だと雪蓮が自分の役割は終わったと思って放任気味なので大変ですが……w

       思春さんは、色々とおいしい立ち位置だと思いますw

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