江東の巻・第十四回:北郷、間諜の巣を叩くこと

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 月に連絡を受け、俺は皆が集まっているはずの部屋へ急いでいた。
 どうも、誰かが情報を得てきたようだ。
 過大に期待してもまた空振りに終わる可能性もあるが、逸る気持ちは止めがたい。
 部屋に入ると、皆が振り返る。
 華雄に恋、月に詠、それに思春。五対の視線が俺を出迎えた。
「悪い、遅くなった」
 空いている席につき、息を整える。
 月と思春が同時に立ち上がり、結局思春がお茶を取りに行くことになった。
 改めて見ると、メイド姿の方が多いというのはおかしな風景だ。実際はみんな一軍の将や王侯級の人間だというのに。
「真桜さんは抜けられないみたいです」
 連絡係を務めてくれた月がそう報告する。大使館の仕事を任せている分、時間が取れないのだろう。
 後で概要を伝えるしかあるまい。
「そうか。じゃあ、はじめよう。えっと、今日は?」
「華雄と恋が、こっちの情報網から面白い話を持ってきてくれたの」
 詠がそう言って、説明を始める。
 彼女曰く、水軍の兵と江賊とのつながりを追ううちに浮かび上がったものがあるという。
 呉の大商人──俺も名前は聞いたことがある──が間接的に所有している邸のうちの一つで賭場を開帳しているらしい。
 そこは呉水軍の下級兵士御用達なのだが、一方で、江賊たちも盛んに出入りしているのだそうな。
 今回の襲撃犯のうち三人がそこで頻繁に見かけられていたとのことだった。
 元江賊の水軍兵士らとの接触などは確認は出来ていないまでも、おそらくあったろうことは推測できる。
「賭博か」
「その程度の悪さは黙認しているからな。ひどいものでない限りは構っていなかったが……」
 茶を俺の前に用意してくれた後、自席に戻った思春がこめかみに指をあてる。
「問題はここからよ。その三人と一緒につるんでいた一人が、襲撃事件後は姿を見せていないらしいの。もちろん、三人がそんなことを起こしてしまったから逃げたともとれるけど、そうじゃないかもしれない」
「顔や名前はわかるか?」
 思春の問いには、直に話を聞いてきた華雄が答えた。その名を聞いて、彼女は納得したように頷く。
「ふむ。そいつなら、私の部下であった時代から、あやつらの仲間だった。逃げた一人の可能性はあるな」
「よし、じゃあ、そいつの名前は雪蓮たちに知らせるとして。……出来れば似顔絵をつくりたい。思春、頼めるかな。絵心のある人間は用意するから」
「わかった。だが、私の記憶はしばらく前のものだが……」
「その人の特徴を掴めればいいんじゃないですか?」
 自信のなさそうな思春を、月が励ます。
「あ、そうだ。雪蓮に伝える時、その賭場への手出しは急がないよう注意しておいてね。手がかりを潰すことにもなりかねないし、いまは監視に留める方がいいと思うの」
 詠の言葉に少し考え、頷いておく。
「そうだな……。そう言っておくよ。ただ、呉の国内のことだから、助言にしかならないぞ」
「そこはしかたないわ」
 話が一段落したところで、華雄がなにかを思い出したのか、くつくつと笑いながら口を挟む。
「面白いことにな、各地で『甘寧将軍』が目撃されているらしいぞ」
 彼女の言葉に、皆ぽかーんと口を開けた。
「は?」
「偽者が出てるんじゃない……。ただ、噂だけ」
 同じく話を聞いてきた恋が情報を付け加える。それでも、いまいちよくわからないが……。
「死後も英雄が各地で見られる。そんな伝説の類だな。今回は、悪者が出たところに、大刀をひっさげた甘寧が現れて始末していくというつくりになっているらしい」
 街の噂が、『甘寧が呉を出奔した』というもの一辺倒から、『甘将軍は軍師様を襲った賊を追っているらしい』というものが混じり始めているという報告は受けていた。
 どうやら、それがさらに発展していたようだ。
 穏か亞莎あたりが意図的に思春が戻ってきやすいような噂を流していると思っていたが、実はそうではないのかもしれない。
「つまり、民が『悪漢を地の果てまで追いかけて始末する甘寧』像を求めているってことね。歴戦の勇将が、死んだわけでもないのに、ただ姿を消しただけでは納得できなかったのかも」
 ぼんやりと考えていたことを、詠がずばりと言葉にしてくれる。そのおかげで、もやもやしていたものが、形を取ってくれた。
「案外、これ、使えるかもな」
「ん?」
「詠。呉の各地のこの噂をさらに補強して、流布していない地域には流すようにすることって出来るか?」
 俺の言葉を聞いた彼女は、華雄と顔を見合わせてしばらく考え込んでいたが、こちらを向いて、こくりと頷いた。
「商人たちに流せばはやいと思うけど。でも……なんで?」
 一つ言う裏で他にも手を色々考えてくれているであろう詠に、目的を説明する。
「俺たちが追っている相手を追い詰めるためさ。どこに行っても『昨日はあっちの村で甘寧将軍が山賊を斬り殺していた』『おとといはあそこの江賊の船が沈められた』とか噂を耳にしてみろ。間違いなく心中穏やかじゃなくなる。ただでさえ追われているという感覚があるはずだ。変な動きをしてくれれば、その足跡も捉えやすくなるだろ?」
 実際に信じ込むとまでいかなくてもいい。ただ、安心してそこに逗留できないと思わせるだけで充分なのだ。
「ふむ、しかし、国外に出ている場合は効果が薄いな。この手の噂は武名と共にある。他国では通用しづらかろう」
「その手のやつは、自分の身を守るために、なんらかの方策をとるよ。悪党の中での情報の伝わり具合ってのも大したものだしね。たとえ、呉を離れていたとしても噂は仕入れているはずだ。動揺はさせられる」
 警備隊時代の経験を思い出す。悪いことをする人間というものは、常に保身を考える。それが捨て鉢なチンピラだったとしても、彼らなりの計算というものはある。
 彼らは、常になんらかの情報を求めているのだ。
 ただ、たいていの場合、自分に都合のいい事だけを信じ込んで、不利な情報を吟味することなく、他人からしたら無謀と思える行動に出てしまうのだが。
「思春に命狙われる……。きっと怖い」
 恋がぽつり、と言う。思春は一瞬だけ俺の方を見てばつが悪そうに視線を反らした。
 たしかに怖かった。
 しかし、いまさら気にする事でもないのに。
 本気で狙われたとしたら、いまここに俺はいないだろうけどな。
「そうね、軍内にもそれとなく流すよう亞莎あたりにあたってみましょう。まだつながってるやつらがいないとも限らないでしょ」
「ああ、頼む」
 口を湿らせようお茶を飲む。
 思春が淹れてくれたお茶は、とても濃くてがつんとくるような重みがあった。
 それが実に彼女らしい。ちょっと嬉しいような愉しいような気分になった。
 それから全員を見回し、言葉を発する。
「じゃあ、噂を流すことに関しては詠に一任するのでいいか? 華雄たちも詠に協力してやってくれ。思春はついてきてくれるか。絵師を手配する」
 その言葉にそれぞれから了承の合図が返ってきて、俺たちは成すべきことを成すために解散した。

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江東の巻・第十四回:北郷、間諜の巣を叩くこと」への2件のフィードバック

  1. おろおろする思春に萌え。それが全て。(笑)
    尚、悪のアジトには時代劇風に突入したと勝手に想像。

    •  いやあ、ほんと思春さんはかわいいです。
       いつもはきりっとしている人をかわいく描くのは非常に楽しいですね。
       アジトでは華雄さんたちが嬉々として暴れてくれましたw

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