江東の巻・第十二回:甘興覇、罪を得て呉を出奔すること

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 事件の処理は、手早く静かに行われた。
 現場を確保した後、死体を大使館の中庭に運び入れ、穏がそれを検分して回る。その間に亞莎は護衛と共に王宮に帰されていた。
 この件は概要が掴めるまでは公にすべきではないと、呉の側も俺たちも了解していた。
「どうかしら、穏」
「はい。所有物――この縄ですけどぉ、これの特徴からみまして、江賊の一味かと。そうでなくとも水の民であることは間違いありません」
 かがり火が焚かれた夜の中庭。
 穏の言葉を、俺たちは息をひそめて聞いていた。
 といっても、ここにいるのは雪蓮と穏を除けば、俺と真桜と華雄の三人だけ。
 月と詠は亞莎について王宮に行った。今晩はそのまま王宮で過ごしてもらうことにしている。
 恋には派遣されてきた呉の兵とうちの兵をあわせて率いさせて、大使館周辺の見回りを頼んでいた。
「そう。じゃあ、思春を呼ぶべきね。いいかしら、真桜」
「ああ、もちろんや」
 王宮に使いが走り、密かに甘寧が呼ばれる。呼び出された彼女は、穏から事件のあらましを説明されながら中庭に現れた。
「亞莎が傷つけられたとは、驚きだな」
「そうなんですよー。亞莎ちゃん、夜のほうが動きいいですからねー」
「あれは目が悪いから、昼間よりも……。ふむ、賊はここか」
 彼女は上にかけられた布を持ち上げ、賊の死体の顔を覗き込んで、なにか驚いたような表情を浮かべた。
「江賊らしいのよ。どこの出身かわかれば、多少は……」
 雪蓮の言葉に甘寧は立ち上がる。
 あれ、もういいのかな。
 彼女は振り返ると、静かに感情を抑えた声を放った。
「いえ、出身地などと言う必要はありません。私はこやつらを知っております」
「あら、そう? なら……」
「私の元の部下です」
 雪蓮の言葉を遮るようにして言った甘寧の言葉に、誰かが息を呑む声が聞こえた。
 あるいは、それは、俺自身が立てた音だったかもしれない。
「……江賊時代の?」
「はい。江賊が大挙して呉に降った折、幾種類かの人間は降ることを肯んじませんでした。故郷の農村や漁村に戻る者、山越の集団に入る者、そして、あくまでも江賊を続ける者。こやつらはその最後の集団でした」
「あなたが降ってもなお、ということは」
 甘寧は一瞬悔しそうに顔を歪める。
 それは、後悔だったのか。あるいは、別のなにかだったのか。
 その頃の情勢を詳しく知らない俺にはわかりようがない。
「ええ、手練です。亞莎を傷つけたというのもわかります」
「そう」
 静かに頷く雪蓮。彼女は腰から南海覇王――の贋物だが、そのことは俺と彼女だけの秘密だ――を抜くと、鞘ごと甘寧に手渡した。
「……わかっているわね、思春」
 押し戴くように両の手で受け取る甘寧。
「南海覇王が手向けとは、なんとありがたい」
 すらりと抜き放ち、鞘を雪蓮の手に戻す。
 だめだ、このままでは……。
 眼前に展開されるであろう血塗られた未来図を思い浮かべ、心が警鐘を鳴り響かせる。
「蓮華様には思春が謝っていたとお伝えいただければ」
「ええ、もちろんよ」
 刃が持ち上がり首に向かったところで、ようやく体が動いてくれた。
「雪蓮」
「止めても無駄よ、一刀」
 鋭く俺を咎めるような言葉にも、どこか疲れが見える。
「これは、呉の定めなの」
 雪蓮の言うこともわかる。呉は豪族連合だ。その中で諍いが起きれば、迅速な解決が求められる。
 もちろん、雪蓮とて、甘寧が手引きをして亞莎を襲わせたなどということはありえないと承知している。
 しかし、そう勘繰る者が出てくれば、疑心暗鬼が吹き荒れて、呉は割れかねない。
 内乱を起こすような危険は、ほんの少しであろうと、排除せねばならない。たとえ、それが無実であろうとも。
 あるいはそうであるからこそ、彼女は死なねばならない。
 だが――。
「残念だけど雪蓮。ここは、呉の領土じゃない」
 俺の意を受けて、華雄が甘寧の後ろに立つ。
 音も立てず背後を取った彼女に気づいて、甘寧は諦めたように息をついた。見れば、肘をがっちりと握られて、あれでは首をかききることは出来ないだろう。
「……そういえば、そうだったかしら」
 その言葉に、少しほっとしたような色を見て取ったのは、俺の勘違いだろうか。
「それに、一人逃げた。そいつを捕まえるのが先だろう」
 顔をしかめて何事か考えている雪蓮に、さらに言い募る。
「呉にとって悪いようにはしない」
「……わかったわ。でも、一刀」
 諦めたように息をつき、甘寧に近づく。
 華雄が少し手をゆるめると、しびれたのか甘寧の腕から剣が抜け落ちた。それを器用に受け止め、鞘に収める雪蓮。
「わかってる。そちらはそちらでやるべきことはやるというんだろう」
「ええ」
 こちらの思惑を探るように覗き込んでくる雪蓮の視線を真っ直ぐ受け止める。
 実際のところ、どれだけのことが出来るかはわからない。
 ただ、ここで甘寧という才を失うわけにはいかないことは承知していた。
「それは止められない。だが、俺は俺で動く」
「お願いするわ」
 剣を腰に戻しながら、彼女は目の前でがっくりと倒れ伏すようにしている甘寧を見下ろす。
「思春」
「はっ」
 名を呼ばれて、膝を立て、臣下の礼を取る甘寧。雪蓮はしばらく彼女の姿を見つめていたが、悲しそうに呟いた。
「あなたの名、しばらくは汚れるわよ」
「命も名も呉にとうに捧げた身ならば、いかようにも」
「そ。ありがと」
 その後は、一切甘寧も、賊たちの死体も見ようともせず振り返ってつかつかと歩きだす。
「さ、帰りましょ。穏」
「あ、はい。えと……」
 戸惑いながら、雪蓮、俺、甘寧、真桜と順に見て、なにか得心がいったのか、にぱっと笑う穏。
「思春ちゃんを頼みますねえ~」
 そんな呑気な声に苦笑を浮かべる雪蓮だったが、すれ違いざま、松明の炎の照り返しの中で俺はたしかに見た。
 声を出さずに『ありがとう』と彼女の唇が動くのを。

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江東の巻・第十二回:甘興覇、罪を得て呉を出奔すること」への2件のフィードバック

  1. 思春のメイド姿に萌えましたwこれに尽きる!
    まあ、萌将伝のエプロンドレスよりかはマシって思わなきゃw

    しかし、一刀の”性,,活習慣には笑わせてもらいましたよw

    •  思春のメイド服は、かわいさとかっちりした感じが両立すると思うんですよね。
       こう、ちゃんと奉仕する姿勢になれるというか。
       そういう人は貴重だと思うのですw

       まあ、性生活については、一刀さんの場合、これでも相手が少ない方ですからねw
       都に帰ったらそれはもう大変でしょうw

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