江東の巻・第十一回:華雄、かつての好敵手への手向けに武威を示すこと

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 雪蓮と刃を交わしてから数日後、俺は真桜に呼び出されていた。
 部屋についてみれば、いきなり、んっと一振りの刀を示される。
「なおしてくれたんだ」
「鞘は結局作り直しやったわ。刀身は、一応研ぎなおしといたけどな」
 差し出す刀を受け取り、鯉口を切る。
 真桜が退いたのを確認してすらりと抜き放つと、やはり美しい姿が現れる。
「うん、ありがとう。真桜」
 満足そうに頷く真桜に嬉しくなりながら、刀を納めた。ふと、鞘に結ばれた赤い紐に目が行く。
「あ、この紐……」
 すっかり忘れていたが、これは甘寧から借りていたものだ。
 もちろん、真桜はそんなことは知る由も無く、以前のものをそのまま使ってくれたのだろう。
「ん? 下げ紐は前のから移しといたで。あたらしのんがよかった?」
「いや、これでよかったよ。ありがとう」
 いまさら紐だけ返すのもおかしいだろう。これは使い続けることにさせてもらって、甘寧にはなにか別のお礼を考えることにしよう。
「ところで、なんとのうわかっとるけど、正使いう立場上、一応聞かせてもらうわ。雪蓮はんとはうまくいったんやね?」
 真面目に聞いてくる真桜に隠すいわれもなく、素直に答える。
「ああ、うまくいった。まあ、予想以上に……な。その……雪蓮用のお菊ちゃんが必要になるかも、なんて……」
 照れを笑いに変えると、あちらもにやりと笑み崩れる。
「うっわ、やらし。一国の王を肛姦奴隷に仕立てあげる気や、この人」
「ま、真桜」
 肛姦奴隷って、なんだ、まったく。
 彼女たちは、こういう言葉をいったいどこから仕入れてくるんだろう?
「全身拘束具も作れ言うし、もう三国一の種馬は桁が違うわー」
 うん。まあ、たしかにそれも言ったけど。
 そもそもはそれを望んだのは、詠なわけで。
 また暴れるかもしれない、不測の事態を避けるべきだ、というのが理由になるかどうかは別として。
「お、俺は、だな。その、それぞれに合った……」
「まあ、あっちも寸法とるいうたらまんざらでもなさそうやったけどなー」
 そりゃあ、まるで暴れもしないのに、わざわざ言うくらいだ。
 対外的には――特に月相手には――詠が暴れないように俺がつけさせているということになるだろうけど。
 とはいえ、真桜のにやにや笑いを見ているうちに、なんだか申し訳ないような気持ちになってきてしまう。
「すまんな、真桜」
「んー? うちとしては愉しいで? 次の淫具の開発にもなるし。詠やら雪蓮はんみたいな、うちらの仲間のは一点ものやけど、少々簡略化して商品化もありえるしな。そ、れ、に、うちにもつこてくれるんやろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「あー。なんや、やきもちでも心配しとるん?」
 からからと笑い飛ばしたあとで、不意に引き締まる表情。
「そりゃあ、なぁ。独占したい思うことはあるけど……。うーん、せやな。……座ろか、たいちょ」
「あ、ああ」
 促されるまま刀を置き、卓につく。流れるように酒瓶と杯が現れ、酒が注がれた。
「うち、それに凪や沙和は、こんな大国の武将になるなんて思ってもみいひんかった。そこらへん、ボクっ子……て言うともう紛らわしな。季衣や流琉も同じちゃうか」
 穏やかに真桜は話し始める。その顔には、いつもの皮肉げな笑みではなく、柔らかな微笑みが浮かんでいる。
「小さい頃は、隣村の誰かの嫁にでもなるんやろな、って漠然と思てた」
 真桜の小さい頃、か。想像してみると、頬が緩む。
 きっと才気煥発、絡操をつくってはばらし、いまと同じように爆発させていたことだろう。
「村の娘に必要なんはなにかわかるか? 働き手をはやくたくさん作ることや。うちの絡操も、凪の武も、重宝はされとったけど、それだけや。ほんとに求められとったんは、子を生み育てるこっちゃ」
 淡々と彼女は言う。
 それを不満には思わなかったのかと疑問に思ったのが顔に出ていたのか、ふっと笑みを深くして続ける。
「良い悪いやのうてな。それが当たり前なんよ」
 本当に当然の……まるでこの世に刻み込まれた理だというように、真桜はぱたぱたと手を振って言う。
「同じ村は同姓の家が多いやろ? 自然、離れた隣村の、適当なやつんとこに嫁にいくわけや。見も知らんやつらのとこで子供を生んで育てて、喰うために働く。それが当然で、それしか知らんかった」
 日本でも、たとえば戦前の農村部では似たようなものだったというような昔話を、じいちゃんに聞いたことがあった。
 交通機関もなく、土地と人のつながりが濃い世界では、それが当たり前のことなのかもしれない。
 俺はちびちびと酒を舐めるように飲みながら、そう思った。
「でも、実は、このあたり、お(ひぃ)さんたちのほうがもっと大きいんちゃうかな」
 お姫さん、というのは、大官の家に生まれた者たちのことだろう。
 麗羽や美羽のようなとんでもない名家に限らず、太守や将軍位を得る家でも、庶人の真桜たちからしてみれば別世界であるはずだ。
「ああいう良い家に生まれた人らは、親類の決めた、同じくらい良い家から婿を迎えて家を次代につなぐ。そんなことを期待されとるし、自分でもわかっとったはずや」
 つい先日の雪蓮の言葉を思い出す。
 友人すら選ぶことは許されない。ましてや、家を継ぐ以外の選択など考えることも許されない。
 たとえ、王ではなく、しがない豪族の地位だったとしても、あるのはただ一つの答えだけだ。
「華琳様や春蘭さまは、恋をすることすら、考えてなかった思うで」
 華琳や麗羽の女好きは本当のことだ。
 だが、女相手の恋愛だからこそどこからも文句がつかなかった。そういう面もあったはずだ。
 これが男相手なら許されることはなかったはずだから。
 それこそ、覇王に――誰からも文句を言われようのない立場になりでもしなければ。
「他の将かて同じや。大なり小なり、己の未来が、家と政治の力学っちゅうやつに縛られとるのは承知しとったはずや」
「そうかもしれないな」
 俺の育った時代で、そんなことを考えるのはごくわずかだろう。
 地盤を引き継ぐ政治家や官僚などもいるのだろうが、それでもこの時代ほどの強制力はない。
 家を出てもそれなりには食べていけてしまう時代だったからな。
「村の生活で求められるのは働き手としての子ぉやけど、将にとっては家を残す血筋の良い子ぉが求められるだけのことや。自分で選べもせんのは、そう変わらへん」
 どんと杯を置く真桜。
「わかる? うちらみんなにとって、それは『当然』やった。でも、たいちょにとって、そんなもん常識でもなければ、当然でもない。うちらは、別なもんを知ろうともせんかった。疑おうなんて思いもせんかった」
 そういうものかもしれない。黄巾の乱が起こらなければ、そのままに暮らし続けていた人々は多かったに違いない。
 もちろん、黄巾の乱自体は天和たちが世に出たという理由だけで起きたのではなく、政府の腐敗や社会情勢の変化などで起きるべくして起きた。
 だから、いずれ別の形でも生活を変えざるを得なかっただろうとは思うけれど。
「でもな、そんな狭い世界に生きとったのに、黄巾の賊を追い払って、大将に従って戦い続けとるうち……。うちらはいつの間にか、広い広い世界に出てもうた」
 あの日々。三人と共に、大陸を駆けた日々。
 見つめ合う瞳に映る景色は、きっと同じものだ。
「その世界を開いてくれたんはな、たいちょと大将や」
 本当は、真桜本人こそが、その世界を切り拓いた一人なのだ。俺はそう言ってやりたかった。
 けれど同時に、彼女自身、そのことはしっかりわかっているはずだとも思うのだった。
「うちの知らんかった世界、本当なら、うちなんかが手に入れることは叶わんかった世界」
 しばし顔をうつむかせたあと、勢いよくあがった顔は、満面の笑みに彩られていた。
「うちは感謝しとる。一人の人間として大きな世界を見せてくれた華琳様に。一人の女としての幸せっちゅうやつをくれたたいちょに」
 咄嗟に出かかった否定の言葉を呑み込む。
 たとえ照れ隠しであろうとも、これを否定してはいけない、そう思った。
「知らんかったあの頃にはもう戻れへんし、戻る気もない」
 ぐいと乗り出してくる真桜の胸がどっかと卓に乗る。相変わらずすごいボリュームだ。
 しかし、その光景に目を奪われている暇はない。
「そうしたんはな、たいちょ、あんたや」
 まっすぐに言葉を突きつけられる。
「うちらを……庶人あがりの人間も、四世三公の血筋も、なあんも気にせんで、一人の女として見れる、あんたや」
 そう言われると、なにか特別な視点を持っている人間のように思えるから不思議なものだ。たまたま俺がこの世界の人間ではないというだけなのだけど。
 いや、もしかしたら、違うのかもしれない。
 自惚れるつもりはないが、特別なのは否定できないことだ。いま、この時、ここにいるのは俺という人間だけなのだから。
「他の欲がまるでない分、情だけがむやみやたらと大きい、北郷一刀っちゅう人間や」
 身を乗り出してきているせいで、卓が傾く。がたんと音を立てて倒れるそれを、真桜も俺ももはや気にしていなかった。
「わかるか? たいちょ。あんたは、うちらをただの女の子にしてくれる。そこいらでのたれ死ぬような餓鬼も、歴戦の勇将も、お大尽の娘もなんもかんも関係ない。女王も、軍師も、将も、全員あんたの腕の中ならただの娘っ子や。そんなんくれる人がどこにおる? そんな時間をくれる人が、他にいるちゅんか? そんな世界を知ってもうたら……あんた、離れられるわけないやん」
 吐息のような言葉は、突き刺さる剣のようでもある。鋭く、大きな力を持った言葉が、俺の体に、いくつもいくつも吸い込まれていく。
「ええか、たいちょ」
 念押しするように、彼女は言葉を続ける。すでに、その顔は目の前にあり、息が肌に熱を伝えてきていた。
「いまさら誰か一人に絞ることなんてできひんのやろ?」
「……ああ」
 答える声は掠れている。
「せやったらな、性根据えてくれんと困るんは、うちらやで」
 真桜の姿勢がぐんと戻る。腰に手を当て、彼女は新兵に対するように声を張る。
「嫉妬なんて、気にしてもしゃない。それを忘れさせるくらい、共に過ごす時間を、自分を思って過ごす時間を大切なもんにさせたる、これくらいの気概もったらんかい!」
 びりびりと部屋中が震えるのではないかと思えるような大音声。さすが、練兵場を端から端まで震わせる怒声は伊達じゃないな。
「ま、心配せんでもええて。うちはたいちょの女で、たいちょの部下であることに誇りを感じとる」
 一転、秘密を打ち明けるような小さな声をつむぐ真桜の肌は、ほんの少し朱に染まっている。
 その豊かな肢体が、ゆっくりとしなだれかかってくる。
「きっと、みんなも同じや」
「そうか。そうだな」
 彼女の体を抱きとめながら、覚悟を新たにする。
 ぎゅっと力を込めたこの腕が、彼女を、彼女たちを二度と逃さぬように。
「うん。みんないっしょに、焦らず進んでいこう」
「うん、たいちょといっしょに、皆でな」
 肩口に額をこすりつけるようにしながら、真桜はそう言ってくれた。

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江東の巻・第十一回:華雄、かつての好敵手への手向けに武威を示すこと」への2件のフィードバック

  1. 真桜と一刀の会話がすごく良かったのを覚えてます。
    ハーレム主人公は自らの器を鍛え続けなければならない。
    そして絶倫へ・・・(笑)

    あと、外堀をどんどん埋められていく蓮華サマ、カワイソウw
    正しく逃げ場無し。

    •  真桜は一刀にずっとついてきましたからねー。
       良いところも悪いところもわかった上で、期待するところをストレートにぶつけられるのは彼女の個性だと思います。
       ここでこの目線での話を出来たのはよかったと思っています。
       まあ、ただ、ほんとハーレム形成だけじゃなく、維持し続けるなら、絶倫じゃないとやってけないですよねw
       肉体的にも精神的にも。

       蓮華さんについては、仰るとおり、この時期はすごいかわいそうですねw
       まあ、姉と冥琳が国譲りの方に意識がいきすぎて、かえって一刀さんに精神安定を求めてしまった結果ですからねえ……。

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