江東の巻・第七回:孫伯符、北郷に懸念を抱くこと

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「一刀様、よろしいでしょうか!?」
「いらっしゃい、明命」
 なんとか明命が来る前に軽い夜食と酒を用意することが出来た。とはいっても夜食のほうは月が気を利かせて作ってきてくれたものだ。
 夜に訪れてもいいか、と聞かれた時は少々びっくりしたものだが、郷里の人間との時間をやりくりして俺のところに来てくれるということだろうと快諾し、この出迎えとなった次第だ。
「まずは、冥琳様から個人的なご伝言です」
 部屋に入ってきた明命が、生真面目な顔のまま、俺に向かって言う。
「子供の顔を一番に見せられなくて申し訳ない、と」
「ああ、そうか。冥琳と明命は……入れ代わりか」
「はい」
 予定では、俺が副使の任を終えて洛陽に戻ると時を同じくして、呉からは新大使として、孫権と甘寧が派遣され、代わりに冥琳と明命が呉に帰ってくるという手筈になっている。
 国譲りの主役の孫権を洛陽に置いておくのは余計な争いを生まないためと、身柄の安全を確保するためだ。
「まずは自分の体をいたわって欲しい、と伝えてくれるかな。もちろん、手紙は書くけどね」
「はい。わかりました!」
 冥琳からの伝言を伝えて一任務終わったとほっとしたのか、明命の雰囲気がほんの少しだけ緩む。
「じゃあ、とりあえず座って、お腹はいっぱいかな?」
「いえ、先程まで雪蓮様、蓮華様たちと宴席だったのですが、やはり話し込んでしまって……」
 話すのに夢中であまり食べられていないってことかな。重臣方との宴席ではよくあることだ。
「月が夜食を作ってくれたから、どうぞ」
「はい。ありがとうございます!」
 俺自身も卓につき、酒を飲み始める。明命の方は一口食べた後で、本当にお腹がすいていたことに気づいた、という風情でぱくぱくと食べていた。
 美味しそうに食べる姿は、見ていて気持ちいい。
「あの、一つお聞きしたいのですが」
 食べる合間に話しかけてくる明命。
「ん?」
「雪蓮様となにか仲違いをなさったのでしょうか?」
 また雪蓮か。やはり、先程の様子は側に仕えている者から見てもおかしなものだったようだ。
「ない……と思うんだけどなあ」
「そうですか……」
「なんか気になることあった?」
「今日の会談の途中からそれはもう見事な殺気が一刀様へ向けられて」
 困ったように眉を下げる明命。その様子がなんだかかわいい。
 それにしても殺気ときたか。殺気を向けられるほどのことをした覚えがないのだが。
「……困ったな」
「嫌っている、というのではないと思うのです。雪蓮様は嫌いな相手には逆に話しかけていくほうなので」
 たしかに雪蓮は絡んでいく性質だろうな。それで相手の弱みを引き出したり、単純にからかって遊びたがるという印象がある。
「俺には心当たりがないけど、なにか気に障ることをしてしまったのかもしれない」
 酒杯を乾して、ふと彼女をよく知る人に相談することを思いついた。
「明命。悪いけど、洛陽に戻ったら、祭と冥琳に相談してくれないかな。俺としては雪蓮に悪意も害意もないし、仲良くしたいと思っているから、協力してほしいと」
「はいっ! お二人なら雪蓮様のこともよくわかっていらっしゃると思います。私としてもみな仲良くできるのがいいと思います」
「そうだな。政治とは別のところで、個人的な感情のもつれが出てくるのはある程度はしかたないけど、出来れば仲違いはしたくないものな」
「はい、みんな仲良くです!……雪蓮様にお猫さまをもふもふしていただければ、少しは気が晴れますでしょうか?」
 いいことを思いついた、というように笑顔を浮かべる明命。猫の破壊力は認めなくはないが、雪蓮はどうだろう。冥琳はかなりあれで子供っぽいところがあるから、夢中になりかねないと思うけど。
「雪蓮は猫より冥琳をもふもふしたいんじゃないか?」
「ああ、そうかもしれません! 冥琳様がお側におられないので、気が立っておられるのかも!」
「断金の交わり、だもんな。実際のところ、明命も冥琳もいないとなると、雪蓮も大変だとは思うんだけどね」
「私は……武でお仕えするしかありませんが……。亞莎たちに頑張ってもらって……。あ、亞莎といえば、一刀様たちと一緒にでかけていたのですよね」
 悔しそうにうつむく明命の顔があがり、ぱっと明るくなる。
「うん。いま、江水の河口の測量をしているよ。肥沃な土地があるから、人を募集できるかもしれないって言っていたよ。会えないのは残念だったね」
「そうですか! それは喜ばしいです。土地の調査は重要な任ですから、会えないのはしかたないです。でも、亞莎頑張ってますね。私も負けていられません!」
 そのためにも食べなければ! ともぐもぐとほおばる彼女がまるでハムスターが頬袋にたくさん種を貯めているようにも見えて、とても微笑ましい。
「明命は明命として、亞莎は亞莎なりに、呉のために民のために力を尽くせばいいと思うよ。俺もできる限りのことをしたいと思ってる」
 果たして、出来ているのかどうか怪しいけれど。
 なにしろ孫権たちには敵視されるわ、雪蓮にはなぜか急におかしな態度をとられるわだからな。
 何もかもがうまくいくとは限らないのは理解しているが、個人的に責任があるのではないかと思って落ち込んでしまいそうだ。いや、落ち込むより先に反省してそれを生かすべきか。
「はい、一刀様にも真桜殿にも、呉のためにもお力をお貸しいただけると嬉しいです! あ、もちろん、魏のためにならないようなことまでしていただくわけには行きませんが……」
「いやいや。呉のためのことは魏のためにもなるし、この大陸のためにもなるよ。利害が対立することがないとは言わないけど。それでも、俺はできる限り、いろんな人が幸せになれる明日が欲しい。あるいは、せめてわが子は幸せになれると希望がもてる未来がね」
 ぽかんと口をあけ、食べるのも忘れたように見つめられて、ぼっと顔が熱くなる。
「あ、ごめん。俺なんかが言っても説得力ないよな」
「いえ、感動しておりました。私も、一刀様の目指す明日に行きたいです!」
 箸をにぎったまま、がたんと立ち上がり、俺に覆い被さるようにして目をきらきらと輝かせる明命。その勢いにますます頬が熱くなるのを感じながらも、にっこりと笑みを浮かべずにはいられなかった。
「ああ。もちろんだよ。明命。一緒に行こう。一緒に」

「今日は、その泊まっていけるのです」
 食事も済み、二人でゆっくりと酒を酌み交わしている時に、ふと明命がそんなことを言った。
「そっか。いいのかい、家族や友達は」
「明日はまた色々と顔を出して回らねばなりませんが、今夜は大丈夫です。出来れば、明日もご一緒出来ればよいのですが……」
「そうだね、久しぶりに会えたしね。でも、無理しちゃだめだよ」
「はい。あ……」
 なにか重要なことでも思い出したかのように立ち上がる明命。顔を青ざめさせる様に心配になって彼女の側による。
「忘れていました!」
 とてとてとあちらから寄ってきて、俺を見上げてくる。いったい何を忘れていたのだろう。大変なことになるのかと不安になる。
「一刀様には仰っていただいたのに、私がまだ言ってませんでした」
 そのまま胸にもたれかかってくる小さい体を抱き留める。明命の腕が背に回り、俺たちはぎゅっと抱きしめ合う。
「一刀様、お会いしとうございました……」
 その言葉は、小さいけれど、たしかに俺の耳を震わせた。

 あぐらをかいた上に明命を乗せるような格好で、俺たちはつながっていた。
 久しぶりの情事の興奮か、信じられないほどあっけなく彼女の中で達してしまい、彼女もまた同じように絶頂を迎えた。
 そのおかげで、まだ服を脱いで寝台に飛び込んでからそれほど時間が経っていないというのに一度目を終えてしまった俺たちはなんとなく離れがたくこうして抱きしめあっていた。
 なにより、彼女の中はまだ熱く燃えるようだったし、俺のものもまるで硬さを失ってはいない。
 それでも、一度終えたせいでなんとなく安心したような空気が二人の間を流れていた。
「こういう……ふぅっ、格好は久しぶりですねっ」
「ん?」
「はじめて一刀様と閨を共にした後は、その……」
 ああ、そうか。俺が襲われたおかげで、あの後、明命を抱く時は彼女からの要請で、あまり密着しない体位や彼女が上になる体位がほとんどだったものな。
 なにかあった時、彼女の体を抑えるものがないようにということだったが、まだ性行為に慣れてもいない明命に、そんな気をつかわせてしまったのは申し訳ない。
「ずっと気を張ってたよな。ごめんな、明命」
「いいえ! 一刀様をお護りするのは重要任務です!」
 とびきりの笑顔を浮かべてくれる。その至近距離で見る明命の輝くような笑顔の力はこれはもうすさまじいものだった。
「ありがとう」
 言葉と一緒に感謝の思いをキスに込めて、顔中に唇を降らせる。くすぐったそうに、それでも嬉しそうな顔をした明命は、俺の唇の感触を楽しむように目を閉じる。
「それよりも、私は一刀様に……んぅ……普通に抱いていただけたのが、嬉しかったんです」
「どういう……こと?」
 彼女の中が俺のものを絞るように蠢く。手に握られたかのような圧力を感じ、思わず言葉が途切れる。
「あんな……刺客に潜り込まれるような失態を……」
 おやおや、まさか。明命は、刺客に襲われる直前まで気づかなかった事実を気に病んでいるのか? あまりに真っ直ぐで真面目なこの少女をいとおしく思う感情が爆発し、思わず腰を動かしはじめる。
「あっ、かずとっ、さまっ」
「俺一人なら確実に死んでいたよ。それはみんな言っている。なにより俺は明命に感謝している」
 嬌声をあげる彼女の背中をゆっくりとなでる。汗で濡れた肌が熱を伝えてくる。
「それでも……ふくっ、気になさるかもしれません。私を抱くのは縁起が悪い、と」
 その声音に真剣な不安を感じ取り、俺は腰の動きを早める。彼女の不安も、彼女の辛さも、全て抱きしめてしまいたかった。
「明命」
「はい……っ」
「俺は死なない。少なくとも、明命に子を産ませて、その子が巣立つまでは死ねない」
 大きな目をさらに開いて、俺を凝視する明命の瞳に見る間に涙が盛り上がり、つうと目の端からあふれだした。だが、その顔は晴れ晴れとした笑顔のままだった。
 いや、さっきの無邪気な笑顔より、もっと大人びた一人の女の笑顔がそこにあった。
「あはっ」
 吹っ切れたように漏れる声と共に、彼女も動き始める。俺とリズムをあわせ、お互いの体から快楽を引き出そうと懸命に腰を振る。
「はい、一刀様。そうです。一刀様は死にません。この明命も死にません」
 ふっと、笑みをゆるめるその口が半開きになり、快楽の喘ぎが漏れる。すいよせられるように唇を重ね、お互いの体液を交換し合う。
「そうです、死にません。大陸中のお猫さまにもふもふさせていただくまでは!」
 果たして、それは明命の照れ隠しだったのだろうか。あるいはもしかしたら、この娘は本気でその約束を果たしてしまうのではないか、とちょっと恐ろしくなったりもする。
「はは、その意気だ」
「一刀様、一刀様、一刀様ぁ……」
 俺たちは抱きしめあう。一つになりたくて、この邪魔な肌も肉も取り去って、ただ、一つの命になりたくて。
 なによりもつよくつよく、相手に己を刻み込もうと。
 どこまでが俺の肌で、どこまでが明命の肌なのか。なにが彼女の快楽で、なにが俺の心地よさなのか。そんな境すらなくなるまで、俺たちはお互いをむさぼり合う。
 まるで、相手以外の全てを忘れた二匹の獣のように。

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江東の巻・第七回:孫伯符、北郷に懸念を抱くこと」への2件のフィードバック

  1. 一刀「俺の女に手を出す奴は滅殺でしょ?JK。」
    原作の季衣の拠点の時にもあったけど、一刀サンは身内(主に女性)に危害が及ぶと、
    めっちゃキレますよね(笑)顔に出てますよ一刀サン(笑)

    そして、明命がいじらしくて素敵ですね。末永くモフればいいよw

    •  原作からして一刀さんは大事に思った人はとことんというところがありますが、この物語の一刀さんの場合、一度忘れてしまって思い出した上に、戻れるかどうかもわからないという経験をしていますので、余計に色々あるのだと思います。
       まあ、雪蓮もひくくらいっていうのは、やっぱりこれまで培ってきた胆力とかかなとは思いますがw

       明命は、ほんとどこまでもまっすぐ慕ってくれるであろう素晴らしい女性ですよね。

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