江東の巻・第六回:周幼平、報と共に都より帰還すること

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「いやー、久しぶりの我が家やなあ」
 旅の荷物を部屋に運び込みながら、真桜が感慨深げに呟いた。
「我が家、って、大使館だけどな」
 書簡を抱えた俺が、その後に続く。
 運んできたのは俺と真桜が船内で書いた文書がほとんどだが、どれも外交文書扱いになるので他の人間に任せるわけにもいかない。
 視察の報告書も二人でまとめる必要があった。
「まあ、でも、落ち着くやん?」
「たしかに」
 どさりと竹簡を置く。
 相変わらず真桜の部屋は絡操がたくさんあるが、絡操用の空間とでもいうべき作業部分が決まってきたおかげで、踏んでしまうようなことは減ってきていた。
「ともかく、間に合ってよかったな。明日城内へ……やっけか」
「ああ。明日、魏からのなにか報が来るらしい」
 申に滞在していた俺たちは、建業からの使者によって緊急に呼び戻された。
 測量をすでにはじめている亞莎の撤収を待つことは難しく、甘寧と共にスマートな小型の快速船――いわゆるジャンクというやつだが、こちらではただ単に帆船という――に乗り換え、ひたすらに急いで帰って来たのだ。
 月が急ぎの旅でまた体を壊さないかと心配だったが、幸いにも杞憂に終わった。
 とはいえ、詠も月も建業に帰り着いた今日は早々と自室に籠もってしまっている。
「んじゃ、泊まってくやろ?」
 くいくい、と杯を乾す手つきをする真桜。こいつ、段々霞に似てきてないか。
「ああ、そうだな」
 真桜が出してきてくれた酒を二人で楽しむ。さすがに俺も疲れを感じていて、酔いが回るのが早いのを自覚していた。
「で、詠とはうまくいったん?」
「な、なに言ってるんだよ」
 酒が変なところに入って、軽くむせる。真桜はにやぁと笑って言葉を重ねてくる。
「バレバレやって。喧嘩するんはいいけど、月みたいなお姫さんを心配させるようなんはあかんで」
「あー、うん。いまは、うまく行っているよ」
 月とも詠ともな。
「そか、せやったらよかったわ。たいちょ、えろう暗かったし」
「暗かったか」
 心配させてしまったのは、月だけではなかったらしい。実を言えば詠のことだけではないけれど、そのことを真桜に明かすつもりはなかった。
「ん」
 頷く真桜の杯に酒を注ぐ。しばらく、黙って酒を酌み交わした。
「実際どないすんの。董卓と賈駆の二人は」
 不意に尋ねられたことよりも、政治的な話を真桜からしかけてきたことに少々驚く。
 昔、警邏の仕事すら面倒くさがった少女は、いまや魏の重臣としてしっかりと成長しているようだった。
「名前を出すのはまだまだ先だな。もうしばらくはメイド兼任で、洛陽に戻っても洛陽城内にとどまってもらう形になると思う。蜀はともかく、朝廷とのからみがね」
「朝廷かあ。ありゃあ厄介やな。素直にうちらに名前貸して安楽にしとけばええのに」
 真桜の感覚は、魏の将としてはとても正しい。現実的に、漢王朝は魏とその組織がなければ全土の支配を維持できないからだ。
 兵も将も文官に至るまでが、漢朝の位を持ってはいても実質的には三国いずれかに所属している状態で、朝廷のみの力で何事かを成すのは無理というものだ。
 朝廷は魏を必要とし魏は朝廷を立てているのだから、策動などせずに素直にタダ飯喰らいを続けていればいいものを、と思うのも当然というものであろう。
 ただ、朝廷の側はそれを道理とはしないだけの話だ。
「まあ、あちらにはあちらの言い分があるからな。余計な波風は立たせないほうがいいさ。特に月や詠はそのあたり自分たちのせいと思い込んでしまう可能性がある」
「せやなー。しばらくは……えっと、めいど、ちゅったっけ、それやってもらうしかないわな」
「そうだね。仮にも位を登り詰めた月に侍女をやらせるのは心苦しいところもあるんだけど」
 月自身はそのあたり気にしてはいないだろうし、詠も口に出すほど気にしているようには思えない。
 ただ、彼女たちの本領を発揮させずに埋もれさせるのがあまりにもったいないと思ってしまうのだ。このあたり人材を発掘する姿勢に関して、華琳の影響を受けてるのかもな。
「まあ、女官連中も、あん二人は格が違う存在やと認識しとるらしいで。たいちょとうちに関わること以外は言いつけられたりせえへんみたいやし」
「あ、そうなんだ」
 あまり雑務に忙しくて、居てほしい時に側に居られないでは困るしな。
「ま、うちは助かっとるけどな。間諜の心配せんで掃除してもらえるし、毒味もしてもろてるし」
 掃除に関しては、たしかにそうだろう。あの二人なら何を見られても問題ない。
 ……艶本はおいといて。
 それにしても、もうひとつの方はひっかかる。
「毒味?」
「うん。たいちょとうちの料理は月が作っとるか、詠が毒味しとるかしてるんよ。知らんかった?」
「……大丈夫なのかな?」
「詠か? だいじょぶやろ。毒味言うても口にする前に気づくもんらしいし。そもそも、最近はずっと月が作ってくれとるみたいやし」
 少し考えて、頷く。
「まあ、毒なんて入れられないように気をつけるしかないな」
「せやけどなあ……。恨みなんて自分で思っても見ないところで買うもんやからな」
 杯を傾けながらの呟きには苦笑いで返すしかない。実際、そういうものなのだろうと思う。
 俺も自分が戦場以外で命を狙われることになるとは思いもしなかった。
「でも、ま、ほんま細々したことやってもろて助かってるわ。あー、半年経ったら、たいちょといっしょに帰ってまうんかー。な、置いてってくれへん?」
 手足をばたばた揺らして駄々っ子のように言う真桜。そのかわいらしい仕種に、にっこり笑って返事をする。
「だーめ」
「うー、しゃないなあ。あ、洗濯物まとめてくれて詠に言われとったな……」
 一転、ぐでーと机にもたれかかった真桜だったが、不意に思い出したように跳ね起きた。
「せやせや、洗濯といえばこないだ作った洗濯機」
「おお、あれ、どうなった?」
 船旅に出る前に、女官たちに試しておいてもらうよう頼んでいたんだよな。その結果を帰ってから聞いたのだろう。
 洗濯機といってももちろん全自動なんて夢のまた夢。金属で作った円柱に洗濯物を入れて、その円柱を手動でぐるぐると回し攪拌するという代物だ。
 とはいえ、手で一枚一枚ごしごしやるよりはまだ楽というもの。真桜お得意のばねと歯車を組みあわせることで、回転させるのもだいぶ手軽になっているようだった。
「やっぱ、石鹸が問題みたいやな。なかなかうまく汚れを落としてくれへんし、かすもついてまう。ただ、同じ仕組みの水切りは好評みたいや」
「そうかー。水の質とかもあるんだろうな。俺のいた時代だと、液体洗剤ってのがあって……」
 そうして、俺たちは酒を飲みながら、ああでもないこうでもないと技術談義を交わし続けるのだった。

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江東の巻・第六回:周幼平、報と共に都より帰還すること」への2件のフィードバック

  1. 最近このサイトに気づいて、何気なく読んでいたのですが、面白くてつい外史まとめサイトで続きの全部読破してしまいました。

    ただ、改良版から読んでいるせいなのかもしれませんが、話が進むにつれてエロシーンが、薄めの描写だったり、カットされているところが増えたのが残念でした。
    キタか! と思ったらサラッと終わってたり、事後会話だったり、舞台裏で済ませてたり。50人分なので大変だとは思うのですが…。
    あとは四部の後半がダイジェストのように感じてしまいました。前半で話がグッと進み始めて気持ちよかっただけに、余計にそう感じたのかもしれません。
    でも気になったのはこの辺りくらいで、全体のストーリーやキャラ描写はとてもしっかりしていてすごく楽しめました。特に北郷くんの苦悩や成長、ハーレムやるだけの度量、魅力が伝わってきてよかったです。

    こういった感想は既に他の方にも言われているかもしれませんが、面白かっただけについ長文になってしまいました。
    出番の少なかったキャラの
    エピソードも増やしたりするかもしれない、とのことで、そのあたりも含めて改良版の更新も楽しみに待っています。

    •  コメントありがとうございます。

       エロシーンにつきましては、話の都合上シーンをカットしたところや、書く体力がなかった時期とかもありまして、実際、足りていないところはあると思います。
       あとは、魏ルート後ということもあり、魏キャラとはすでに絆があるため、それをあえて描写する場面が少なく、もっといちゃいちゃしているところもはっきり出すべきでした。

       また、終盤に関しては、色々となおしていかないといけませんね。

       これらの改善点に関して、どういう形にするか(エピソードとして加えるか、混ぜていくか)は、まだ定まっていないところもあるのですが、出来る限り読者の方に楽しんでもらえるようにしていくつもりです。
       実際に変更点が出てくるのは(細かいのを除けば)比較的後半の部分になると思います。

       なんにしても楽しんでいただけているようでありがたい限りです。
       これからも楽しんでいただけるようがんばっていきたいと思います。

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