幕間

 こんこんと扉の横の添え木を叩く音がする。
 ついに来たか。俺は身構えた。
 もちろん、華琳を差し置いて帝になるとはどういうことだと怒鳴り込んできたりする誰かを警戒してのことだ。
 だが、制止の声をかける前に月がとことこと扉に向かい、かんぬきを開けてしまった。
 そこにいたのは凪、真桜、沙和という、懐かしき北郷隊の三人。
「たいちょ、おやつ持ってきたでー」
「お邪魔します」
「やっほー」
 この三人なら特に話もこじれることもないだろうと招き入れてみれば、真桜の手には、言葉の通り、白っぽいお菓子のようなものが山盛りの器があった。
 おや、なにか見覚えがあるような……。
「こないだ聞いたポン菓子。つくってみたんよ。どやろ?」
 少し説明しただけで、ポン菓子を作ってしまったのか?
 もう、驚くどころか笑いが出てきそうだ。
 いずれにせよ、さすがは真桜だ。
 何倍にもふくらんだ米にきつね色の焦げが出来て、香ばしい香りを溢れさせている。
 その食欲を刺激する香りに抵抗できず、俺は思わず立ち上がって、彼女のほうへ向かっていった。
「そういや、さっきから外でたまに爆発音が聞こえたと思ってたら、これだったのか」
 手を伸ばすと、それをすり抜けるように、とととっと近づいてきた詠が、ひょいっぱくっとポン菓子を口に入れてしまう。
「ふーん。米をふくらませて、味付けしてるのね」
 その行動に呆気にとられていた真桜だったが、一瞬不機嫌そうな顔になった後、にやにや笑いを顔にへばりつかせた。
「さすが、お抱え軍師殿。愛しのたいちょが手を着けるものは、全部自分で毒味するってわけや」
「な、ば、馬鹿言ってんじゃないわよ。毒味っていうなら月のためであって……」
 顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳する詠と、こちらも怒りからか顔を赤くした真桜は真っ向から睨み合う。
「詠ちゃん。気にしないのー。真桜ちゃんは最初に隊長に食べてもらえなくて拗ねてるだけなのー」
「……沙和。あんたなあ……」
「こら、二人とも。騒いでないで、とにかく座ろう」
 きゃいきゃいと騒いでいる同輩たちを見て、いつも真面目な凪が注意をする。月がにこにこして見守っているのとは対照的だ。
 それでも収まろうとしない三人に、凪の静かな怒りが溜まり始めたのを見て、慌てて口を挟む。
「まあ、ともかく、みんなでいただこうよ」
 言いながら、ジェスチャーでなんとか皆が凪に気づくようにうながす。真桜たちもそれで事態を把握したのか、素直に卓に着いてくれた。
 凪は一人、うんうんと頷いている。
 よかった。凪が爆発すると大変だからな。
 まあ、そもそも、凪が問題視するようなことをしでかすほうが悪いとはいえ。
「そうね。断らずに食べたのはボクが悪かったわ、真桜」
「あー……。そうはっきり謝られるとなんとも言えへんねんけど、ま、ええわ。みなで食べよか」
「お茶、淹れますね」
 そうして、月がいつもの美味しいお茶を淹れてくれて、俺たちはみなで大量のポン菓子をぱくつく。
「何を話していらしたんですか?」
 元からいた三人の前にはすでにお茶があったことから、落ち着いて話をしていたのだろうと考えたのか、凪がそう尋ねてきた。
「あー。まあ、なんというか」
「たいちょが天子様になったらどないするかっちゅう話やろ?」
 言いよどむ俺に比べて、真桜はずばりだ。
 まるでもう規定事項のように語る彼女が、なんでもないことを話しているかのような表情を浮かべているのに、なぜか俺は妙な安心を覚える。
「残念ながら、そこまでいってないわ」
 詠がふんっと大きく鼻を鳴らす。
「こいつったら、まるでわかってないんだもの。しかたないから、こいつがこちらに戻ってからの出来事を反芻して、もう一度覚悟を決めてもらっていたところよ」
「へえ」
「そうなの」
「ふうん」
 部屋中の視線が俺に集まる。そこに込められたいくつもの感情に、俺はなんとも言えない熱を感じる。
 それは、けして嫌な気分ではなかった。
「まあ、覚悟なんて何度もして、何度もくじけて、また思い出すくらいでいいんだけどね。一度で全て決められるほど心の強い人間なんて、この世のどこにもいないもの」
 軽い口調で言う詠の言葉は、けして軽く聞き流していい言葉ではない。
 彼女の言うとおり、何度もくじけて、何度も思い出せばいいのだ。
 その度に、きっと、前を向けるから。
「それで、いまはいつの話をしてたのー?」
「孔融・司馬氏の乱の頃よ」
 あー……。
 それぞれにみなが感慨を持った息を吐く。
「ちょうどいいわ。その後の出来事に関しては、あんたたちから見た視点も交えて話していくことにしましょ。そのほうが、こいつも思い出せるだろうしね」
「おもしろそー」
「今日は時間がありますし、以前起きた事例を分析するのはためになるかと考えます」
「うちとか建業におったしな。こっちゃの人たちの話も聞いてみたいわ」
 そういうことになった。

 そうして再び俺は、詠が主導する過去の話の中に意識を沈めていくのだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です