番外編その二:幸福な一日

1 2 3 4

 ボクの名前は賈駆。字は文和。真名は詠。
 幼なじみである月を頭に旗揚げするものの、敗れて逃げ延びた劉備陣営からも追い出され、自分たちだけでやっていこうとするも果たせず、北郷一刀という男に保護を求めざるを得ない状況に陥ってしまった。
 これは全て筆頭軍師たるボクの責任。愛する月に進むべき道を示すことも出来ず、それでも智謀の士でございと虚勢を張ることしかできないちっぽけな人間。
 そして、月に一度、周囲にそんなボクの不運を振りまくというよくわからない体質を兼ね備えてもいる。
 不幸な女。

 その日が『それ』かどうかは、すぐにわかる。
 水を汲みに行こうと部屋を出て廊下を歩いている間に、すれちがった女官がなにもないところですっころんだ上に服がはだけて、しかも偶然落ちてきた木切れにひっかかって下着まで脱げてしまったり、庭木の手入れにかかろうとしていた庭師の梯子が折れて助手がそれに頭を強打されてよろめいた末に、この間恋が『おさかなさん、つれてきた』とか言いながら魚を離していた池にはまり込んで、凶暴な魚に噛みつかれたり……と大騒動が巻き起こるからだ。
 悟った途端、ボクは月と一緒にあいつの部屋に駆け込む。
「おはよう、月に詠。起こしに来てくれた……わけでもなさそうだな」
 この反応は当然。なにしろボクも月も普段着のままだからだ。
「あの、ご主人様。詠ちゃんが、あの日みたいで……」
 息を切らした月が説明してくれる。本来はボク自身が言うべきなのだけれど、さすがにこの日ばかりは歯切れが悪くなる。
「ん、わかった」
 事も無げに言い放ったのが、いまのボクたちの保護者、北郷一刀。
 なんとかぎりぎり美男子の範疇に入るか入らないかという優男。ううん、細いけど、これでも結構強いんだけどね。もちろん、名のある武将にはてんで敵わないけど。
 以前聞いたところによると、こいつの世界の風習では、美男子を二枚目、お調子者でその場の空気を明るくしたりする人間を三枚目と言うんだそうだ。一枚目はないのか、と聞いたところ、元々は劇場の看板の枚数のことで、一枚目は当然、劇の題名と主役が描かれるので、一枚看板というのだそうだ。
 こいつは、二枚目にはもちろんなれないけど、なんとか三枚目になるようがんばりたいと思っているんだ、なんてその話をしてくれた時には言っていたものだ。
 しかし、それは間違っているとボクは思う。
 こいつが収まるべきは、一枚看板だ。
「どうした、詠?」
 隣室にいる華雄に扉越しに声をかけて現状を説明し、大使館の最高責任者である真桜に言伝してくれるよう頼んだ後、ボクの顔を覗き込む。
「……自分の不幸を噛み締めてるのよ」
「はは。でも、ここにいれば大丈夫だろう?」
 外から軽い足音が聞こえる。きっと、華雄が真桜のもとへ走っていく音だろう。
 彼女はそんな音を立てることもなく活動できる武人だけど、それでは周りが驚くので、あえてああいう風にしているのだ。以前、月の下にいた頃にはとても考えられなかった心遣いだ。
 ボクたちが敗れ、月が死んだと聞いた後、ひたすらに武を磨き、月の志を継ごうとしてくれていた華雄には頭が下がる。
 それが同じくボクたちの下にいた霞に捕まり、結局、こいつに臣従の礼をとったのは、不思議な巡り合わせだ。
 それを不忠だなんて思うことはない。しかも、こいつの下に来た華雄は、よりその武を花開かせて、いまや飛将軍とも謡われた呂奉先──恋を上回るほどの武人となっているのだから。
 恋、華雄という猛将を抱えながら、使いこなすこともできなかったボクたちとは大違いだ。
「さて、今日の詠の仕事はなんだったっけ?」
「最後の荷造りと、その確認よ」
 ボクたちは、もう三日後にはこの大使館を去る。
 真桜をはじめ、残留する者たちのほうが多いとはいえ、こいつ個人の書類や魏本国に持ち帰る資料、それに土産なんかでかなりの荷物となってしまっている。そのほとんどは荷造りが終わっているが、最終確認はまだだ。
 今日はそれを済ませてしまう予定だった。
「ああ、そうか、それじゃ月一人に代わってもらうわけにはいかないか。華雄は思春との打ち合わせがあるし……恋は空いてたっけ?」
「はい。恋ちゃんは見回りくらいで、特に予定はなかったんじゃないかと」
「よし。じゃあ、見回りは兵に任せよう。力のいる部分は恋にやってもらって、二人で詠の代わりをやってもらえるかな? 月」
「はい、わかりました」
 てきぱきと、ボクの仕事を他に割り振る。
 こいつはそれなりに頭もまわるし、臨機応変で柔軟だ。だけど、それはこいつの大きな問題でもある、とボクは思う。
 この局面で、ボクが月に仕事をとられていやな気分になったりなんてことはありえない。
 けれど、たとえば同じように急に体調が悪くなった将軍や軍師がいたとして、それが、重要な城の攻略を命じられていたところを、他の者にまわされてしまったとしたらどうだろう?
 せっかくそれまで準備して、栄誉を得られるところだったというのに他の者にかっさらわれたら、そいつはどう思うだろう。それを命じた北郷一刀という人間を恨んだりしないだろうか。
 もちろん、こいつは見せ掛けの栄誉に騙されて、準備をしっかりとすることや、兵を鍛えあげることを評価しない男ではない。問題はそれほど見る目がない愚かな周りのことだ。
 実際にそんな局面に至った時、それが一日だけのことならば仕事を他に割り振らず回復を待つという判断が、こいつに出来るだろうか。
 ボクにはそれが心配でならない。
 周囲の人間が優秀──なにしろほとんどがあの華琳の部下たち──だし、そこまで心配することではないのかもしれない。けれど、自分すら過小評価しがちなこいつは、小物の意識というのをいま一つ理解しきれていないところがあった。
 っと、考えに沈んでいたら、月もこいつもボクの反応を待ってるわね。
「あんた自身の予定はいいの?」
「来客はないよ。最後の挨拶周りをしようかと思っていたけど、明日でも問題ない」
「……そ」
 荷造りの確認には丸一日かかるのを覚悟していた。ということは、今日は本当にこいつと二人きりで一日を過ごすことになる。
 そのことに、ボクはほんの少し動揺していた。
「じゃあ、それでいいんじゃない」
 それでも、結局そう言って流してしまう。というよりも、それ以外方法がないのだ。
「ごめんね、月。残りは明日ボクがやるから、無理しちゃだめよ」
「大丈夫だよ、詠ちゃん。恋ちゃんもいるし、しっかりやっておくね」
 ボクの言葉ににっこり笑ってくれる月。
 ああ、この笑顔のためならなんでもできる。そう思わせてくれる月。
「では、ご主人様、今日はお掃除やお茶を持ってきたりはできないと思いますが、詠ちゃんをよろしくお願いします」
「うん、任された。月も詠の言う通り、無理はしないで。あ、華雄にはこちらには戻らなくていいと伝えて」
「はい。わかりました」
 月が丁寧にお辞儀をして出て行く。
 月がご主人様という度に、一応はこいつが主ってことになるのだと少し苦々しく思う。
 もちろん、ボクはこいつにご主人様なんて言ったりしない。本当なら、月にこいつがかしずいているはずなのだから。
 それを実現できなかったのはボクだけど……ね。
「さて、今日はどうするかな」
「仕事しなさいよ、仕事」
「そりゃあ、するよ。ただ、詠が一緒にいるんだから、と思ってさ」
 こいつは、本当に嬉しそうに笑う。その笑みの意味がわかってはいても、ボクは反発せずにはいられなかった。
「ま、またいやらしいこと考えてるのね、この馬鹿ちんこ!」
 曲解した暴言を、わざと吐いてやる。
 でも、ボクはなんでそんなことをするんだろう?
「え? いや、以前話した俺の案をもう少し進めようか、と思ったんだけど」
「そ、そうよね。あんただってずーっとそんなこと考えてないものね。ほ、ほら、見せなさいよ。どれくらい進んだわけ?」
 奥の部屋にひっこんだあいつが、いくつもの書簡と共に、見慣れた大きな木箱を持ってくるのが見えて、ボクの心臓は跳ね上がる。
「って、なんで、それ持ってくるの!?」
「んー。期待してるようだから、さ」
「ま、真面目にやるべきでしょ」
 どさっと置かれた木箱から取り出されるのは、黒革の『ぐろーぶ』だ。指先から肘の先までを覆う、長い手袋。
 だが、ただの手袋ではない。
 その各所に鉤や環や革の締具がとりつけられている。
「やるよ。真面目に。でも、少しくらい遊び心も大事だろ?」
 手を入れるところを開いて、ボクを誘うように見せてくるあいつ。
 本気で嫌がれば、こいつは止める。
 問題は、ボクがまるで嫌がってないということだ。
「くっ」
 悔しそうに顔を歪めながら、それでも、ボクは抗えない。
 あいつが優しく腕をとり、服の裾をよけながら、その革の手袋をボクの腕全体に通してくるのをおとなしく待つ。指先までしっかりと真桜に寸法を測らせてつくらせたそれは、見事なまでにぴったりだ。
「ええと、じゃあ、こないだの案件だけど……」
 両手の『ぐろーぶ』をつけた途端、こいつは何事もなかったかのように仕事の話を始める。
 小羊の皮を丹念になめした革は、とても柔らかい。しかも、ほんの少しだけボクの指や腕より小さめにつくられていたその革の『ぐろーぶ』は使っているうちになじみきって、まるで元々ボクの体を覆っていたかのように自由に動かせる。
 なにしろ『ぐろーぶ』をしていても、筆で文字を書けるし、なんでもつまめるのだ。
 そういう意味で不自由はまるでなかった。かえって、肌寒いのを避けられて気持ちがいいくらいだ。
 ただ、いつでも――こいつが望んだ時には、その各所につけられた鉤や締具を使って自由を奪われるというだけ。
 ボクはこいつと議論をしているうちに、それをつけられていることすら、段々と忘れていってしまう。
 そうすると、やつは次の段階に進む。
「そろそろ、ブーツもつけようか」
「……変態」
 こいつの言う『ぶーつ』というのは、足先から太股までを覆うように『ぐろーぶ』と同じようにしつらえられた革の装具だ。もちろん、各所に鉤や鉄の環、締具がつくりつけられている。
 文句を言いつつも、ボクはそれを受け取ってしまう。今度は自分でつけるのだ。
 理由は簡単。こいつがつけるとなると脚を持ち上げねばならず、下着をもろに見せつけることになる。それで興奮したこいつに貫かれるのも、また……あ、いや、違う。そうじゃなくて。
 ともかく、そうなってしまうと、この行為に意味がなくなるので、ボクが自分で履くというわけ。
 まあ、たぶん、それだけじゃない。
 腕の『ぐろーぶ』はこいつにつけられる形になるから、無理矢理されたのだと抗弁できる。しかし、こうして黒革の装具に脚を通し、足先までぴっちりと革に包まるよう調整しているのは、他ならぬボク自身。
 ボク自らが、拘束を望んでいることを、露呈する行為だ。そして、同時にこうしてボク自身に思い知らせる効果もある。
 履きはじめは少しきつく感じるそれをゆっくりとひっぱり上げて、足を中に進めていく。
 ちょうど膝の裏側にあたるところは革が途切れていて、膝を曲げても苦しくないようにできているのだが、履く時にそこにひっかけるととても間抜けなことになるのだ。
 足先まで通すと、向こうから吸いついてくるよう。最後に拘束のためのものと同じ装飾の締具を閉じ、固定する。
 もう一方の脚も通して、とんとんとその場で跳ねる。
「……出来たわよ」
 太股の上、下着ぎりぎりまでを覆う『ぶーつ』を履き、声をかける。あえてそっぽを向いていた男が振り返り、笑みを見せる。
「ん、やっぱり似合うな」
 その笑みの邪気の無さに本気で呆れる。こいつは、ボクのこんな姿を本当に嬉しそうに見つめてくるのだ。
「ふんっ」
 鼻で笑ってやると、苦笑しながら、さっきまでの真面目な話を続ける。ボクはしかたなく、少しだけの違和感を覚えながら元通り座り、これからの国づくりの話を、黒革の装具に身を包まれたまま続けることになる。
 天の国では、こういう行為を『調教』というそうだ。つまり、馬や犬と同じく、条件づけしてしつけるってこと。
 それを聞いた時、ボクはなぜか嫌悪を感じなかった。それどころか、そんなことされて喜ぶ女だと思ってるわけ? と聞き返した時に、だから、そういうのを喜ぶいやらしい女に仕立て上げるのが調教なんだよ、と言われて、ああ、そうなんだと納得してしまったくらいだ。
 それに続く会話を、ボクはしっかりと覚えている。
『あんた、ボクがそんな女になると思ってるの? ボクをそんな女にしたいの?』
『両方だ』
 あの時のこいつの目を、ボクは一生忘れないだろう。あの、吸い込まれるくらい深い底知れぬ欲望。こいつの抱える巨大すぎる闇と光を。
『閨の中では、ね』
 付け加えられた言葉を、ボクはどうしてだか残念に思ったりしたのだった。
 たぶん、こいつは、そんなボクを見抜いていたからこそ、いまもこうしている。

1 2 3 4

番外編その二:幸福な一日」への2件のフィードバック

  1. えろぉぉぉい!説明不用!(笑)

    詠ちゃん、もう身も心もすっかり堕ちてしまってますねぇ。
    口枷してようやく出せる「想い」に詠ちゃんらしさが出てるな~と。
    一刀さんに出会えて、詠ちゃん大勝利!!っすね。

    •  ありがとうございますw
       今回は直球のエロですね。

       個人的には、詠ちゃんは原作でもツンデレと言われつつかなり依存しているというか、月ちゃんよりやばいんじゃないのと感じられるところがあります。
       そのあたりが、この話でも出てきてるかな、と。
       それでも、簡単には言葉を口にしないのは詠らしさが出せたかと思っております。

       華琳様とかももっと一刀さんの傍にいたいと思ってるはずですが、立場がありますからなあ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です